※有名どころからマイナーなものまで、泣けるコピペ総集編です。ID:KBKさん、ありがとう
色付きレスが「コピペ」です。複数レスで分割されているものは同じ色になっています
「あのコピペが無い」などありましたら教えてもらえると嬉しいです

1: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)02:48:23 ID:DXG
コピペごときにんな感動するもんあるわけねーだろwwwwww
泣けるコピペまとめ

2: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)02:48:41 ID:yR8
そんなお前に泣いた

4: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)02:50:14 ID:oZj
京都市伏見区桂川河川敷で2月1日、無職片桐康晴被告が、
認知症の母親を殺害して無理心中を図ったとみられる事件の初公判が19日に行われた。
事件内容は認知症の母親の介護で生活苦に陥り、母と相談の上で殺害したというもの。
片桐被告は母を殺害した後、自分も自殺を図ったが発見され一命を取り留めたとの事。
片桐被告は両親と3人暮らしだったが、95年に父が死亡。その頃から、母に認知症の症状が出始め、一人で介護した。

母は05年4月ごろから昼夜が逆転。徘徊で警察に保護されるなど症状が進行した。
片桐被告は休職してデイケアを利用したが介護負担は軽減せず、9月に退職。
生活保護は、失業給付金などを理由に認められなかった。
介護と両立する仕事は見つからず、12月に失業保険の給付がストップ。カードローンの借り出しも限度額に達し、デイケア費やアパート代が払えなくなり、
06年1月31日に心中を決意した。

「最後の親孝行に」
片桐被告はこの日、車椅子の母を連れて京都市内を観光し、2月1日早朝、同市伏見区桂川河川敷の遊歩道で
「もう生きられへん。此処で終わりやで。」などと言うと、母は
「そうか、あかんか。康晴、一緒やで」と答えた。片桐被告が
「すまんな」と謝ると、母は
「こっちに来い」と呼び、片桐被告が母の額にくっつけると、母は
「康晴はわしの子や。わしがやったる」と言った。
この言葉を聞いて、片桐被告は殺害を決意。母の首を絞めて殺し、
自分も包丁で首を切って自殺を図った。

冒頭陳述の間、片桐被告は背筋を伸ばして上を向いていた。肩を震わせ、
眼鏡を外して右腕で涙をぬぐう場面もあった。

裁判では検察官が片桐被告が献身的な介護の末に失職等を経て追い詰められていく過程を供述。
殺害時の2人のやりとりや、
「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」という供述も紹介。
目を赤くした東尾裁判官が言葉を詰まらせ、刑務官も涙をこらえるようにまばたきするなど、法廷は静まり返った。

6: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)02:50:35 ID:epq
>>4
泣いた
何度も泣いた

7: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)02:52:38 ID:R8y
>>4
殿堂

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8: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)02:53:16 ID:oZj
幼い頃に父が亡くなり、母は再婚もせずに俺を育ててくれた。
学もなく、技術もなかった母は、
個人商店の手伝いみたいな仕事で生計を立てていた。
それでも当時住んでいた土地は、まだ人情が残っていたので、
何とか母子二人で質素に暮らしていけた。

娯楽をする余裕なんてなく、
日曜日は母の手作りの弁当を持って、近所の河原とかに遊びに行っていた。
給料をもらった次の日曜日には、クリームパンとコーラを買ってくれた。

ある日、母が勤め先からプロ野球のチケットを2枚もらってきた。
俺は生まれて初めてのプロ野球観戦に興奮し、
母はいつもより少しだけ豪華な弁当を作ってくれた。

野球場に着き、チケットを見せて入ろうとすると、係員に止められた。
母がもらったのは招待券ではなく優待券だった。
チケット売り場で一人1000円ずつ払ってチケットを買わなければいけないと言われ、
帰りの電車賃くらいしか持っていなかった俺たちは、
外のベンチで弁当を食べて帰った。
電車の中で無言の母に「楽しかったよ」と言ったら、
母は「母ちゃん、バカでごめんね」と言って涙を少しこぼした。

俺は母につらい思いをさせた貧乏と無学がとことん嫌になって、一生懸命に勉強した。
新聞奨学生として大学まで進み、いっぱしの社会人になった。結婚もして、
母に孫を見せてやることもできた。
そんな母が去年の暮れに亡くなった。死ぬ前に一度だけ目を覚まし、思い出したように
「野球、ごめんね」と言った。
俺は「楽しかったよ」と言おうとしたが、最後まで声にならなかった。

13: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)02:55:41 ID:zlR
>>8
お前それやめろ
ニートの俺に大ダメージだわ…いろんな意味で涙が止まらねえよ

14: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)02:55:54 ID:tXG
泣けるというか心が痛む

15: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)02:56:33 ID:wPc
(# ゚Д゚)ゴルァ!
を誰か!!

16: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)02:57:45 ID:oZj
どうして私がいつもダイエットしてる時に(・∀・)ニヤニヤと見つめやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして私が悪いのにケンカになると先に謝りますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうしてお小遣減らしたのに文句一つ言いませんか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして交代でやる約束した洗濯をし忘れたのに怒りませんか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして子供が出来ないのは私のせいなのに謝りますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして自分が体調悪い時は大丈夫だと私を突き放して私が倒れると会社休んでまで看病しますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして妻の私に心配掛けたくなかったからと病気の事を隠しますか(゚Д゚)ゴルァ!
おまけにもって半年とはどう言う事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
長期出張だと嘘言って知らない間に手術受けて助からないとはどう言う事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
病院で俺の事は忘れていい男見つけろとはどう言う事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
こっちの気持ちは無視ですか(゚Д゚)ゴルァ!
正直、あんた以上のお人よしで優しい男なんか居ませんよ(゚Д゚)ゴルァ!
それと私みたいな女嫁にすんのはあんた位ですよ(゚Д゚)ゴルァ!

もう一つ言い忘れてましたが私、お腹に赤ちゃん出来たんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
あんたの子供なのに何で生きられないのですか(゚Д゚)ゴルァ!
そんな状態じゃ言い出せ無いじゃないですか(゚Д゚)ゴルァ!
それでも言わない訳にはいかないから思い切って言ったら大喜びで私を抱きしめますか(゚Д゚)ゴルァ!
生まれる頃にはあんたはこの世にいないんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
元気な子だといいなぁってあんた自分の事は蔑ろですか(゚Д゚)ゴルァ!
病院で周りの患者さんや看護婦さんに何自慢してやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
病気で苦しいはずなのに何で姓名判断の本で名前を考えてやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして側に居てあげたいのに一人の身体じゃ無いんだからと家に帰そうとしますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうしていつも自分の事は二の次何ですか(゚Д゚)ゴルァ!

医者からいよいよダメだと言われ泣いてる私に大丈夫だよとバレバレの慰めを言いますか(゚Д゚)ゴルァ!
こっちはあんたとこれからも生きて行きたいんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
それがもうすぐ終わってしまうんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
バカやって泣きそうな私を包んでくれるあんたが居なくなるんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
忘れろと言われても忘れられる訳ないでしょ(゚Д゚)ゴルァ!
死ぬ一週間前に俺みたいな奴と一緒になってくれてありがとなですか、そうですか(゚Д゚)ゴルァ!
こっちがお礼を言わないといけないのに何も言えず泣いちまったじゃないですか(゚Д゚)ゴルァ!
あんなに苦しそうだったのに最後は私の手を握りしめて逝きやがりましたね(゚Д゚)ゴルァ!
何で死に顔まで微笑みやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!(゚Д゚)ゴルァ!(゚Д゚)ゴルァ!
そんなのは良いから起きて下さい(゚Д゚)ゴルァ!
生まれてくる子供を抱いて下さい(゚Д゚)ゴルァ!
子供に微笑みかけて下さい(゚Д゚)ゴルァ!
たのむから神様何とかして下さい(゚Д゚)ゴルァ!

ダメ女な私にこの先一人で子供を育てろと言いやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
そんなあんたが死んで5ヶ月...
子供が生まれましたよ(゚Д゚)ゴルァ!
元気な女の子ですよ(゚Д゚)ゴルァ!
目元はあんたにそっくりですよ(゚Д゚)ゴルァ!
どこかで見てますか(゚Д゚)ゴルァ!
私はこの子と何とか生きてますよ(゚Д゚)ゴルァ!

あんたも遠くから見守って居てください。

17: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)02:58:32 ID:R8y
もうやめて
3発目食らったらアカンわ…
って、遅かったかw

18: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:00:31 ID:zlR
>>16
…(′;ω;`)

20: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:03:16 ID:oZj
素子 素子は私の顔を能く見て笑いましたよ。
私の腕の中で眠りも したし、またお風呂に入ったこともありました。
素子が大きくなって 私のことが知りたい時は、お前のお母さん、佳代叔母様に私のこと をよくお聞きなさい。
私の写真帳もお前のために家に残して あります。
素子という名前は私がつけたのです。
素直な、心の優しい、思いやり の深い人になるようにと思って、お父様が考えたのです。
私はお前が大きくなって、立派なお嫁さんになって、幸せになったの を見届けたいのですが、若しお前が私を見知らぬまま死んでしまって も、決して悲しんではなりません。
お前が大きくなって、父に会いたい ときは九段にいらっしゃい。
そして心に深く念ずれば、必ずお父様の お顔がお前の心の中に浮かびますよ。
父はお前が幸福者と思います。
生まれながらにして父に生き写しだし、他の人々も素子ちゃんをみると 真久さんにあっている様な気がするとよく申されていた。
またお前の伯父様、叔母様は、お前を唯一の希望にしてお前を可愛がって 下さるし、お母さんも亦、御自分の全生涯をかけて只々素子の幸福を のみ念じて生き抜いて下さるのです。
必ず私に万一のことがあっても 親無し児などと思ってはなりません。
父は常に素子の身辺を護って おります。
優しくて人に可愛がられる人になって下さい。
お前が大きくなって私のことを考え始めたときに、この便りを読んで 貰いなさい。
昭和十九年○月某日                  父 植村素子へ

追伸 素子が生まれた時おもちゃにしていた人形は、お父さんが頂いて 自分の飛行機にお守りにして居ります。
だから素子はお父さんと一緒に いたわけです。
素子が知らずにいると困りますから教えて上げます。

21: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:03:44 ID:yEF
母ちゃんが作った弁当を
毎日捨ててなんとかかんとかのやつ泣いた

22: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:04:36 ID:oZj
私の母は昔から体が弱くて、それが理由かは知らないが、
母の作る弁当はお世辞にも華やかとは言えないほど質素で見映えの悪い物ばかりだった。
友達に見られるのが恥ずかしくて、毎日食堂へ行き、お弁当はゴミ箱へ捨てていた。
ある朝母が嬉しそうに「今日は〇〇の大好きな海老入れといたよ」と私に言ってきた。
私は生返事でそのまま学校へ行き、こっそり中身を確認した。
すると確かに海老が入っていたが殻剥きもめちゃくちゃだし、彩りも悪いし、
とても食べられなかった。
家に帰ると母は私に「今日の弁当美味しかった?」としつこく尋ねてきた。
私はその時イライラしていたし、いつもの母の弁当に対する鬱憤も溜っていたので
「うるさいな!あんな汚い弁当捨てたよ!もう作らなくていいから」とついきつく言ってしまった。
母は悲しそうに「気付かなくてごめんね…」と言いそれから弁当を作らなくなった。

それから半年後、母は死んだ。私の知らない病気だった。
母の遺品を整理していたら、日記が出てきた。
中を見ると弁当のことばかり書いていた。
「手の震えが止まらず上手く卵が焼けない」 日記はあの日で終わっていた。
後悔で涙がこぼれた

23: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:05:10 ID:UWM
>>22
やめろ


やめろ…

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24: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:05:40 ID:yEF
>>22
これだ
これですごい泣いて
親孝行しようかなって気持ちになった

26: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:07:43 ID:KBK
事故って入院して一緒の部屋の女の子と仲良くなって
一緒にドラクエ3するけど先に自分が退院した後しばらくしてから
好きだって言いに戻るけど女の子どこにも居なくて
受け付けとかに聞くけど何も語りたがらないのから察して
その子が自分に来る時渡してと頼まれたドラクエ3のデータを見ると......

っていうコピペはやばかった
※これは間違いでほんとはsagaです。どちらも貼ります!

28: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:08:32 ID:oZj
私には、兄がいました。
3つ年上の兄は、妹想いの優しい兄でした。
ドラクエ3を兄と一緒にやってました。(見てました。)
勇者が兄で、僧侶が私。遊び人はペットの猫の名前にしました。
バランスの悪い3人パーティ。兄はとっても強かった。
苦労しながらコツコツすすめた、ドラクエ3。おもしろかった。
たしか、砂漠でピラミッドがあった場所だったと思います。
とても、強かったので、大苦戦してました。

ある日、兄が友人と野球にいくときに、私にいいました。
「レベ上げだけやってていいよ。でも先には進めるなよ。」
私は、いっつもみてるだけで、よくわからなかったけど、
なんだか、とてもうれしかったのを覚えてます。
そして、その言葉が、兄の最後の言葉になりました。

葬式の日、父は、兄の大事にしてたものを棺おけにいれようとしたのを覚えてます。
お気に入りの服。グローブ。セイントクロス。そして、ドラクエ3。
でも、私は、ドラクエ3をいれないでって、もらいました。
だって、兄から、レベ上げを頼まれてたから。

私は、くる日もくる日も時間を見つけては、砂漠でレベ上げをしてました。
ドラクエ3の中には、兄が生きてたからです。
そして、なんとなく、強くなったら、ひょっこり兄が戻ってくると思ってたかもしれません。
兄は、とっても強くなりました。とっても強い魔法で、全部倒してしまうのです。
それから、しばらくして、ドラクエ3の冒険の書が消えてしまいました。
その時、初めて私は、泣きました。 ずっとずっと、母の近くで泣きました。
お兄ちゃんが死んじゃった。やっと、実感できました。

今では、前へ進むきっかけをくれた、冒険の書が消えたことを、感謝しています。

30: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:10:03 ID:KBK
>>28
それじゃないんだゴメン

38: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:13:51 ID:7mc
眠れないから見に来たが何やってんだか
>>26のはドラクエ3じゃないぞ

41: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:15:14 ID:KBK
サガだったすまん

43: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:16:22 ID:7mc
Saga2は思い出のソフトなんだ……今でもよく思いだしては切なくなってます。
俺さ、産まれた時から酷い小児喘息だったのよ。
夜中にかーちゃん起こして病院連れてってもらうなんてしょっちゅうだったし、
小学校あがって更に病状が悪くなって。もちろん体育なんかでれないし、
みんなと外で遊ぶ事すらできなかった。
んで、小五になってからほぼ毎日病院行って吸入するくらいまで悪化しちゃって、
そのまま3週間入院する事になって。。。
んでね、そん時4人部屋の病室だったんだけど
二人はおばあちゃんとおじさん、んでもう一人は俺と同い年くらいの女の子だった。
俺、昔からすげぇ人見知りが激しい上に物凄い照れ屋で、なかなかその同室の人達と仲良くなれないで
一人で勉強してるかゲームボーイやってるかだったのよ。
そん時家から持ってきたソフトが「Saga2」で、もう一回クリアしたやつだったんだけど
ヒマだしもっかいやるかな、って毎日やってたワケさ。
んで入院して一週間立った頃、俺がゲームボーイやってる時は
なんかその同室の女の子がじーっとこっち見てる事に気づいたんよ。俺が彼女の方みると慌てて目逸らすんだけどね。
もしかしてやってみたいのかな?と思って、「良かったらコレ借そうか?」って聞いたのよ。
そしたら目ぇ輝かせて「いいの?」っていうもんだから、「もう飽きたからな」とか照れ隠しして借してあげたさ。
でも案の定操作が分からないらしく、画面とずっとにらめっこしてるもんだから
俺が操作教えながら一緒にゲーム進めることにしたんよ。
パーティーは人間・男の主人公「リョータ(俺の名前)」で、仲間は人間・女「さやか(彼女の名前)」
あとはエスパーガールとロボットにそれぞれ同室のばあちゃんとおじさんの名前つけたっけ。
それからどんどんそのコと仲良くなって、二人でゲームボーイやるだけじゃなく、色んな話もするようになった。
学校の事、家族の事、好きな音楽の事、近くに迫った夏休みの事…

48: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:18:03 ID:7mc
それからの時間はあっという間だった。すぐに俺が退院する時がやってきた。
看護婦や同室のおじさん、ばあちゃん達が口々に「おめでとう」って言ってくれてる中
彼女だけ泣いてた。それ見て俺も泣きそうになったさ。でもグッと堪えて
「オマエ退院するまでコレ借してやるよ。退院したら連絡くれよな」ってそのままゲームボーイとSaga2置いていったのよ。
それから何回もお見舞しに行こうと思った。…でもいざ行こうかと思うとなんか照れくさくて行けなかった。
連絡がないまま1年半が過ぎて、俺も小学校を卒業する頃になった。
せめて卒業前にもう1度会っておきたいな、と思って意を決してお見舞に行く事にしたんよ。
病室に行ったけど彼女はいなかった。病室入口の名前欄にもない。
もうとっくに退院してたのかな…?と思ってとりあえずナースセンターで聞いてみた。
「遠い所にいった」とかうまくはぐらかされたけど、俺も小6だったし、そこまでバカじゃない。
その場の空気や後ろの看護婦が泣き出したのを見ても明らかだった。
俺がショック状態で呆然としてる中、その看護婦が
「ああ、そういえばさやかちゃんから、リョータ君が来たら渡しといて、って言われた物があるのよ」
と言って俺にそれを渡してくれた。借してあげたゲームボーイとSaga2だった。
俺はそれを受けとって家に帰った。
帰るなりメシも食わないで、暗い自分の部屋でゲームボーイのスイッチを入れた。

51: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:18:56 ID:7mc
残っていたデータはやたらレベルの低いデータだった。
最初から始めてすぐ飽きたんかな?と思ってそのデータをロードしてみた。
パーティー四人の名前がこうなっていた。

「リョータ」

「いろいろ」

「ありがと」

「バイバイ」

…今でもSaga2のOPの曲を聞くと涙が出るよ。
お見舞行ってあげられなくてゴメンな…。

57: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:20:53 ID:KBK
>>51
ありがと
そしてサガだったすまん

37: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:13:16 ID:zlR
「沖縄に行かない?」
いきなり母が電話で聞いてきた。
当時、大学三年生で就活で大変な頃だった。
「忙しいから駄目」と言ったのだが母はなかなか諦めない。
「どうしても駄目?」「今大事な時期だから。就職決まったらね」
「そう・・・」母は残念そうに電話を切った。
急になんだろうと思ったが気にしないでおいた。

それから半年後に母が死んだ。癌だった。
医者からは余命半年と言われてたらしい。
医者や親戚には息子が今大事な時期で、心配するから連絡しないでくれと念を押していたらしい。
父母俺と三人家族で中学の頃、父が交通事故で死に、パートをして大学まで行かせてくれた母。
沖縄に行きたいというのは今まで俺のためだけに生きてきた母の最初で最後のワガママだった。

叔母から母が病院で最後まで持っていた小学生の頃の自分の絵日記を渡された。
パラパラとめくると写真が挟んであるページがあった。
絵日記には
「今日は沖縄に遊びにきた。海がきれいで雲がきれいですごく楽しい。
ずっと遊んでいたら旅館に帰ってから全身がやけてむちゃくちゃ痛かった。」
・・・というような事が書いてあった。すっかり忘れていた記憶を思い出す事が出来た。

自分は大きくなったらお金を貯めて父母を沖縄に連れていってあげる。
というようなことをこの旅行の後、言ったと思う。
母はそれをずっと覚えていたのだ。
そして挟んである写真には自分を真ん中に砂浜での三人が楽しそうに映っていた。

自分は母が電話をしてきた時、どうして母の唯一のワガママを聞いてやれなかったのか。
もう恩返しする事が出来ない・・・
涙がぶわっと溢れてきて止められなかった。

40: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:14:53 ID:yEF
>>37
やめて(´;ω;`)

46: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:16:48 ID:zlR
あと何日カーチャンに会える日がある?
ところでさ、一人暮らししてる人は年に何日実家に帰ってる?

俺は仕事が忙しくて夏休み3日正月休み3日の、計年間6日位なんだけどさ。

俺のカーチャン今50歳で、考えたくないけど
女性の平均寿命から考えてあと30数年とするわな。

単純計算すると、あと180日位しか会えないことになる。

冷静に考えてみたら、もう半年しかないんだぜ?

おまえらも数えてみ?

あと何日カーチャンに会える日がある?

47: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:17:39 ID:oZj
犬「眠るの!?僕、眠るの!?ねぇ!今!ここで眠る!?」
飼い主「あぁ、眠るよ」
犬「本当!?大丈夫なの!?ただ疲れただけじゃない!?」
飼い主「あぁ、15年も生きたから大丈夫だよ」
犬「そうかぁ!僕犬だから!犬だから歳わかんないから!」
飼い主「そうだね。わからないね」
犬「うん!でも15年も生きたんだ!そうなんだぁ!じゃぁ眠っていいんだよね!」
飼い主「そうだよ。いいんだよ」
犬「よかったぁ!じゃぁ眠ろうね!穏やかに眠ろう!」
飼い主「うん、眠ろうね」
犬「あぁ!15歳だから大往生だね!ね、ご主人様!」
飼い主「うん。静かに眠っていいよ」
犬「あぁーご主人様は今ぼろぼろ泣いているよー!笑って見送って欲しいよー!今までありがとねぇー!」

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49: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:18:41 ID:zlR
自殺考えていた頃におふくろから電話

( ´・ω・`) 「かあさん・・・。オレが生まれた時どう思った・・・?」
       「そうねえ・・・。やっと会えたねって・・。それから・・。」(゚-゚*)
( ´・ω・`) 「・・・・・・?」
       「この子の為なら自分の命は捨てられるって思ったかなww」(゚-゚*)
Σ( ´・ω・`) 

( ´:ω;`) 「・・・・・・・・・・。」
       「・・・・・?どうしたの アンタ?」 (゚-゚*)

( ´・ω・`) 「な・・・なんでもないよ じゃあね・・・。」

電話切ったあとひたすら泣いた・・・・。オレに自殺する権利などない・・・・。
オレは生きる・・・・。せめて親が死ぬより後に

54: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:19:22 ID:zlR
今日珍しく俺は母ちゃんを外食に誘った。
行き先は昔からよく行く馴染みのラーメン屋だった。
俺は味噌大盛り、母ちゃんは味噌並み盛りを頼んだ。
「昔からここ美味しいのよね」って、柄にもなく顔にシワよせて笑ってたんだ。

ラーメンが出来上がると、俺も母ちゃんも夢中で麺をすすってた。
あんまりにも母ちゃんがニコニコしながら食べてるもんだから、
俺もつられて笑っちまったよ。

しばらく経って、ラーメンを食い終わった俺はふと母ちゃんの方を見たんだ。
ラーメンの器に浮かぶチャーシューが一枚、二枚、三枚・・。そのチャーシューを捲ると麺がまだ沢山余ってた。
母ちゃんは俺の方を申し訳なさそうに見て、「ごめんね、母ちゃんもう年だから。ごめんね」と繰り返してた。
「んなもんしゃーねーべ」と言うと、俺は母ちゃんの残したラーメンをすすった。
そういやガキの頃、よく無理して大盛り頼んで、結局食べきれなくて母ちゃんに食ってもらってたっけ。
いつの間にか立場も逆転。あんなに若かった母ちゃんの顔も今じゃシワだらけで、背丈も頭一個分違う。
そのシワの数程今まで散々迷惑掛けたんだろうなって思うと、悔しさと不甲斐なさで涙が出てくる。
母ちゃん、こんな俺を今まで育ててくれてありがとう。

俺、立派な社会人になるわ。

56: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:20:28 ID:zlR
社会人になって初めて迎えた母さんの誕生日。
「いつもありがとう」ってプレゼントを渡したかった。

でも照れくさいし、もし選んだプレゼントが気に入ってもらえないと怖かった。
だから「選ぶのめんどいから」って嘘ついてデパートに連れて行って、
「何でもいいから適当に買えよ」とぶっきらぼうに言うと、
「高いエプロンだけどいい?」とおずおずと見せに来て、値札見たらたった3000円。
「こんな安物かよ」とひったくって後ろ向いて、泣きそうな顔を見られないようにレジに走った。

服でもバックでも、ほかに何でもあるだろ、財布の中に給料全部入れてきたんだぞ!って涙が出たけど、
トイレで急いで顔洗って、そ知らぬ顔で袋を渡した。
そしたら、母さんがうれしそうにそれを抱きしめたのを見て、また泣きそうになった。

いまでも帰るたびにそのエプロンつけて飯作ってくれて、ありがとう。ほんと美味いよ。世界一だ。
いつも素直になれなくてごめん。
マザコンでもいいよ、母さん大好きだ。

59: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:21:54 ID:zlR
俺は小学生の頃に母の作った炊き込みご飯が大好物だった。
特にそれを口に出して言った事は無かったけど母は判っていて
誕生日や何かの記念日には我が家の夕食は必ず炊き込みご飯だった。

高校生位になるとさすがに「又かよっ!」と思う様になっていたのだが
家を離れるようになっても、たまに実家に帰ると待っていたのは母の
「炊き込みご飯作ったよ。沢山食べなさい」の言葉だった・・・

会社に電話が来て慌てて向かった病室には既に近くの親戚が集まっていた。
モルヒネを打たれ意識の無い母の手を握り締めると母の口が動いた。
何かを俺に言いたそうだった。母の口元に耳を近づけると
「炊きこ・・・たよ。たくさ・・・・さい」と消え入りそうな声で言っていた。
それが最後の言葉だった。

「ママの作ったスパゲッティー大好き!」口の周りを赤くして
スパゲッティーを食べる娘とそれを幸せそうな目で見つめる妻を見る度に
母の炊き込みご飯が食べたくなる。

60: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:23:31 ID:7mc
俺は母親が嫌いだ。とにかく嫌いだ。
そんな母親がこの間死んだ。毎日のように俺を心配してかけてくる電話が
ただただウザくて、俺は携帯の電源を切っていた。だから、通夜にも行けなかった。
死因は働き過ぎでの過労と、電話が繋がらない俺を心配して体調を悪くした併発だった。
俺は母親が嫌いだ。自分の給料の倍以上の仕送りをする為に、働き過ぎるとこが嫌いだ。
こんな俺のために死んだ母親が嫌いだ。五十年近くの人生の半分を俺に費やしたとこが嫌いだ。
死ぬ直前まで、俺の声を聞きたがっていたとこが嫌いだ。
俺が毎日2chに入り浸っているとも知らず、死ぬまで働いた母親が嫌いだ。
今日をもって、俺は2chを引退する。嫌いだった母親にしてあげれなかった
親孝行を今更だがしたい。受け止めれない程の愛をくれた母親の為に頑張って生きていきたい

61: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:24:52 ID:zlR
俺を生んでくれた母親は俺が2歳の頃に死んだ。後の親父の話では元々、体が丈夫な人じゃなかったらしい。

俺が6歳の頃に親父が再婚して義母がやってきた。
ある日、親父が「今日からこの人がお前のお母さんだ」といって連れてきた。新しい母親は俺を本当の子供のように可愛がってくれた。
家族とか血縁とかまだ分からない頃の俺にとって義母が本当の母親だった。

それから、何年か経ち俺が中学の頃、今度は親父が事故で帰らぬ人となった。
親父の葬式の席で親族が集まりこれからの俺たち家族の事で話し合うことになった。
親父の両親(俺から見て祖父母)は既に無く親戚づきあいも疎遠で葬式には親父の親族は誰も来なかった。
後から知った事だが親父はガキの頃に両親を亡くし親戚中をたらい回しにされ。おまけにひどい扱われようだったらしい。そんな事もあり自分が大人になって働き出してからは一切、縁を切っていたらしい。
まあ、そんな状況もあり今後の俺たち親子の事を生母、義母側双方で話をする事になった。


元々義母の両親は義母と親父との結婚に反対していた。まぁ親としては娘の結婚相手にコブ付きだとやっかむの当然かもしれない。
また生みの母の両親は、まだ若い義母の事を考えて俺を引きと取ると言い出した。
双方の親の利害が一致して俺は生母の家に引き取られると決まりかけた時。それまで双方の話を聞くだけだった義母が口を開いた。
「この子は私の子です。例え血が繋がって無くても私の子供です!」「お願いですから、この子は私に任せてください。」物腰の柔らかい義母が珍しく語気を荒げていた。
出会ってからはじめて見たそんな義母の姿に俺は驚きを覚えた。最初は難癖を付けていた双方の両親も最後には義母に折れる形となり。

俺は義母と二人で生活することになった。稼ぎ頭の親父が死んで義母は必死で働いた。受験で大変な時期の俺を育てる為に必死で働いてくれた。


高校3年の時、俺は家の事情もあり進路は就職すると決めていた。
しかし、その話を聞いた義母は「大学に行きなさい。」と言った。「お金は母さんが何とかするからあんたは大学に行きなさい。」
なんで、実の息子でも無いのにそんなに俺に一生懸命なんだろう?俺は半ば呆れながらそんな義母の言葉が嬉しくて思わず泣いてしまった。
そんな義母の言葉に背を押され少し遅れて受験勉強。家の事情を考えると浪人は出来ないし、そんな事で義母を落胆させたくなかった。
元々、勉強は出来るほうじゃないので入れた大学も大した大学じゃなかったが、それでも合格と聞いた義母の涙混じりの笑顔は今でも忘れられない。

大学に入ったが俺は生活費分ぐらい自分で何とかしようと決めていた。高校の時もそうだがアルバイト三昧の日々で良く留年しなかったものだと今でも不思議に思う。
大学も何とか無事に四年で卒業が出来、就職も決まり俺は晴れて社会人になった。最初の初任給で義母にプレゼントを買った。
さすがに俺のプレゼント(たいしたもんじゃないけど)には参ったのか、ありがとう、ありがとうと言いながら泣く姿に俺も思わず貰い泣き。
ほんと、感謝しなきゃならないのは俺の方です。

64: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:27:00 ID:zlR
>>61のつづき
それからは二人でつつがなく暮らしていたが、俺も30の手前で結婚したい相手が出来た。最初は俺の結婚を義母がどう思うかと思っていたが大喜びで歓迎してくれた。「あんたもこれで一人前だね」と言われて照れくさいやら恥ずかしいやら。
最初は一緒に暮らそうと言ったが「お嫁さんに悪いから母さんはここで暮らすよ」と断られる。
いやいや、かみさんも賛成してくれてるんだけど...。
何度か話はするもののの結局、離れて暮らすことに。でも、結婚して一年経って義母が倒れた。幸い大事に至らなかったが、今後、同じ事が有ってもいけないと思い。断っている所を半ば強引に同居することに。
その間、孫の顔も見せることが出来たしかみさんとも上手くやってるしで本当に幸せそうだった。
でも先月、その義母が他界。くも膜下出血であっけなく死んでしまった。


通夜の席でかみさんが義母の話をしてくれた。正直、この年になるまで義母のそれまでの人生を聞いたことが無かった。かみさんは義母から色々、聞いていたらしい。

義母は親父と結婚する前に子供が生めない体だったらしい。
最初はそんな事もあり結婚を断っていたそうだが、親父はそんな事情を承知で「俺たちには子供がいるじゃないか、俺の息子の母親になってくれないか?」の言葉に義母は涙ながらに承諾。
親父も人前も憚らず泣いていたそうで。義母曰く「あんなみっともないプロポーズは無かったけど嬉しかった」との事。その話を聞いて俺はやっと理解できた。そして言葉にならなずに涙だけが溢れて仕方が無かった。


今までかなり泣いたけど息が苦しくなるほど泣いたのは初めてだった。
ぶっきらぼうな親父の優しさもそうだが、親父のプロポーズを最後まで純粋に受け入れた義母に、言葉に出来ない思いがこみ上げてきた。かみさんもそれ聞いた時は涙が止まらなかったそうで俺に話しながらまた号泣。
子供たちも泣いてる俺たちを見てつられて泣き出す始末。義母いや、母さん、血は繋がってないけど貴方は俺にとって本当の母さんです。生みの母には悪いけど、俺にとって貴方以上の母はいません。

親父、そっちで会ったら誉めてやってください。貴方が選んだ人はとても素晴らしい人でした。最後に母さん、もし生まれ変われるならまた貴方の子供に生まれたい。今度は貴方の本当の子供に生まれ変わりたいです。
突然に逝ってしまって改まって感謝することが出来なかったけど、本当にありがとう。

66: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:28:44 ID:zlR
私を大学に通わせてくれた母へ

あなたは私を産むまでずっと父の暴力に苦しんでいましたね
私が産まれて時、あなたは泣きながら喜んだんですね
私が一歳の誕生日に、借金を抱えたまま父が自殺しましたね
借金を返すために昼はパート夜は居酒屋で仕事の毎日でしたね
保育園では遠足のおやつは雑穀のおはぎでしたね
小学校の給食費を払えない月もありましたね
修学旅行のおみやげはご当地キーホルダーだけでしたね
中学の制服は親戚のおさがりでしたね
高校のお弁当はいつもご飯に梅干しと海苔でしたね

無理を承知で大学行きたいと頼んだ時、あなたは反論しませんでしたね
ごみ処理場から捨てる予定の参考書をもらいに行きましたね
お金がかかるから私立は受けられず、国立専願受験でしたね
センター試験の前日には初めて特上寿司を食べさせてくれましたね
センター試験に失敗したけど、あなたは最後まで諦めないよう励ましてくれましたね
前期に落ちて、一度私は自殺しかけましたね
あなたは怒ることもなく、ずっと私に謝り続けていましたね
私もあなたにずっと謝り続けましたね
そして私は気持ちを切り替えて後 私はその後も頑張って勉強して、なんとか後期に合格することが出来ましたね あなたはずっと「おめでとう、おめでとう」と泣き続けてくれましたね

でもあなたは入学の準備の時に急に倒れて病院に運ばれましたね 医者が、癌が全身に転移していてこれから一週間が峠だと告げましたね
私がただただ泣き続けている時にあなたは「この体の傷や癌の一つ一つがあなたを育てあげた立派な勲章なのよ」と微笑みながら言いましたね 
あなたは最後まで泣くことも苦しむこともなく、静かにこの世を去りましたね

今私は医者になるために毎日一生懸命に勉強していますよ あなたの命を奪った癌に苦しむ人々を治療して助けたいから
私が育った環境は決して恵まれてはいなかったけれど、あなたに生まれ、育てられて本当によかったよ

ありがとう、お母さん

67: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:29:29 ID:7mc
俺は親父が好きじゃなかった。
お袋とだったら何でも話せるのに、
親父と本音で話したことなんてなかった。
親父は俺が18のとき死んだ。
心臓が急に止まったらしく、何の処置もできないまま死んだ。
その時は涙は出なかった。
ただ、泣きじゃくるお袋を可哀想だとは思った。

俺が21のとき、いい加減親父の部屋を
片付けようってなって家族で片付けていた。
俺はワインを見つけた。
俺が中学の修学旅行で土産に買ってきたものだ。
お袋は言った。
―お父さんな、それアンタと飲むのを楽しみにしとったんやで。
なぜか涙が出てきた。


俺は親父の墓前でそれを飲んだ。

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68: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:29:35 ID:zlR
弾切れだわあとROMってる

69: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:31:01 ID:yza
小学校のとき、先生に知能に障害がある子のうちに遊びに行かされた。
彼は脇目もふらずにドラクエ3をやっていて、正直、「こいつでもドラクエとかわかるんだなあ」と思った。
三十分ほど彼のプレイを見ていて、とても悲しい事に気が付いた。

彼がそのゲームでやっているのは、
アリアハンの周りでスライムとカラスを倒す、ただそれだけだった。
パーティにただ一人の勇者のLvは50を越えていた。彼は永遠、素手でスライムを殺し続けた。

とても楽しそうだった。
先に進めてやろうと思い1コンに手を伸ばしたら凄い剣幕で怒鳴られた。
なんて怒鳴られたか聞き取れなかったけれど、とにかく怒鳴られた。
それを見て彼の母親が「ごめんなさいね、○○ちゃんはファミコン大好きのよ」と僕に謝った。
彼はドラクエ以外のソフトは持っていなかった。

僕はそれ以来、ゲームをやらなくなった。
以前のようにゲームにのめり込めなくなってしまったのだ。
コントローラーを握るとやるせなくなった。
友達の家に行ってもみんながやるのを見ているだけだった。
その間、僕はゲームに興じる友達の背中だけを見るように努めた。本当にむなしかった。

その内に、僕はファミコンを憎むようにさえなった。
今までの人生の中で、あんなに何かを憎んだことはない。
それは真夜中に僕を目覚めさせた。
ゲームなんかこの世からなくなってくれと本当に願った。
僕はソフトを彼に全部あげて、本体は捨ててしまおうと思ったが、兄に怒られそれすらできなかった。
一人暮らしをしている今でもゲームは嫌いだし、もちろん家にも置いていない。

時々、彼と、永遠に世界を救えなかったであろう彼の勇者の事を思い出すと、
とても悲しくなる。

70: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:31:38 ID:7mc
6歳の娘がクリスマスの数日前から欲しいものを手紙に書いて窓際に置いてお いたから、早速何が欲しいのかなぁと夫とキティちゃんの便箋を破らないようにして手紙を覗いてみたら、こう書いてあった。

「サンタさんへ おとうさんのガンがなおるくすりをください! おねがいします」

夫と顔を見合わせて苦笑いしたけれど、私だんだん悲しくなって少しメソメソしてしちゃったよw
昨日の夜、娘が眠ったあと、夫は娘が好きなプリキュアのキャラクター人形と「ガンがなおるおくすり」と普通の粉薬の袋に書いたものを置いておいた。
朝、娘が起きるとプリキュアの人形もだけれど、それ以上に薬を喜んで「ギャーっ!」って嬉しい叫びを上げてた。
早速朝食を食べる夫の元にどたばたと行って「ねえ! サンタさんからお父さんのガンが治る薬貰ったの! 早く飲んでみて!」っていって、夫に薬を飲ませた。
夫が「お! 体の調子が、だんだんと良くなってきたみたいだ」と言うと娘が、
「ああ! 良かった~。これでお父さんとまた、山にハイキングに行ったり、
動物園に行ったり、運動会に参加したりできるね~」……っていうと夫がだんだんと顔を悲しく歪めて、それから声を押し殺すようにして「ぐっ、ぐうっ」って泣き始めた。
私も貰い泣きしそうになったけれどなんとか泣かないように鍋の味噌汁をオタマで掬って無理やり飲み込んで態勢を整えた。
夫は娘には「薬の効き目で涙が出てるんだ」と言い訳をしてた。
その後、娘が近所の子の家にプリキュアの人形を持って遊びに行った後、夫が
「来年はお前がサンタさんだな……。しっかり頼むぞ」と言ったので、つい私の涙腺が緩んで、わあわあ泣き続けた。
お椀の味噌汁に涙がいくつも混ざった。

73: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:35:04 ID:zlR
>>70マジで涙が止まらない

72: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:33:42 ID:7mc
56:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/05(木) 08:10:24.60 ID:Jg+AcEeL0
生きててもさ、無駄なんだよ、俺。
きっと何しても上手くいかないんだよ。
ただダラダラと生きててさ。
いっそ本気で死んじまおうかな。

58:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。2007/07/05(木) 08:12:48.05 ID:peSyhKq70
死んでもいいけど。とりあえず、自分のレスを縦読みだな。
自分の心の声に気付いてやれよ。

60:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/07/05(木) 08:14:34.40 ID:Jg+AcEeL0
…もっかいバイト探して見る。
ありがと。

74: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:35:22 ID:7mc
隣の家のおじさんが、保健所から引き取ってきた中型雑種犬。
どうやら酷い虐待の末に保健所行きにされた犬みたいで、
右の耳が欠けて、身体もガリガリ。
沢山の傷跡と、ストレスからきたらしいハゲだらけでみすぼらしく、
人間を見ると怯えて失禁してしまうような犬だった。

なんでまたそんな犬を……と思ったが、
今や人が近付けば尻尾ぶんぶん振って撫でられにくるし、
ハゲもすっかり治って毛もツヤツヤ、ちょっと肥り過ぎじゃないかというくらいに肥えて、
別の犬みたいに立派な犬になってる。
そしておじさんを「ご主人様」を通り越して「神様」だと思ってんじゃないかというくらい慕っている。

おじさん曰く「良い犬は目を見ればわかる。俺はコイツを見てピンときた」らしい。
おじさんと一緒に、喜々として散歩してる犬を見るたびなごむ。

75: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:37:18 ID:7mc
クラスの中で一人だけ「大縄跳び」がうまくできない男子生徒がいた。
長さ二十メートルの縄をクラス全員で跳ぶ。中学校の運動会が迫っていた
その子がいないと何回でも跳ぶことができる。
先生は本人と話し合って声掛け役をお願いした。
このクラスが一番上手になった。
「優勝確実」
先生は思った。「これでよかったのだろうか」
運動会の前日、女子生徒が「一人だけ外すのはいやだ」と言いだした。
全員で話し合うことにした。まず本人の気持ちを確かめた。
「やりたい」
だったらみんなで頑張ってみようよ、という意見と、でも勝ちたいし、という意見に分かれた。
勝つって何? 仲間って何?―。最初は反対した子が言う。
「少ししか跳べないかもしれないけれど、一緒に跳べたら、外して跳べることより、もっとうれしい」。だれも反対しなかった。大切なものを見つけたようだった
当日だれもが驚いた。あの子の足元を初めて縄がすり抜けた。
みんな「やった―」。
ひっかかっても、跳べたことがうれしくて抱き合って喜んだ。最初は一回、次は二回。
中断するたびにそのクラスだけ歓声が上がる。
家族たちは不思議そうに眺めていた。跳びながら、みんな泣いていた

76: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:37:21 ID:szK
犬との10の約束
1.私の一生は10~15年くらいしかありません
ほんのわずかな時間でも貴方と離れていることは辛いのです
私を家族に迎える前に、どうかそのことを考えて下さい

2.あなたが私に望むことを理解できるようになるまで、少し時間をください

3.私を信頼してください。 私にとって、それがいちばん大事なことなのです

4.私を長時間叱ったり、罰として閉じ込めたりしないで下さい
貴方には仕事や楽しみがありますし、友達だっているでしょう
でも...私には貴方だけしかいないのです

5.時々は私に話しかけてください。 あなたの言うことはわからなくても、 私に話しかけるあなたの声はわかるのです

6.あなたが私にどんな風に接しているか、私は決して忘れません

7.私を叩く前に思い出して下さい。私には貴方の手の骨を簡単に噛み砕くことができる歯があるけれど私は決して噛まないようにしていることを

8.私のことを言う事を聞かないだとか、頑固だとか、怠け者だとか叱る前に、まずは自分に問い掛けてみてください。 きちんと食事を与えてましたか?太陽の下に長く放置しておきませんでしたか? もしかすると、年をとってどこか弱っているのかもしれません

9.私が年をとってもどうか世話をして下さい。貴方も同じように年をとるのです

10.最期の旅立ちの時には、そばにいて私を見送って下さい
「見ているのが辛いから」とか「私の居ないところで逝かせてあげて」なんて言わないで欲しいのです。貴方が側にいてくれるだけで、 私にはどんなことでも安らかに受け入れられます

そして......どうか忘れないで下さい
私が貴方を愛していることを

78: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:38:29 ID:zlR
なんで俺みたいなクズがいきて生きたいって思ってる人が死ぬのかな…
どう考えてもおかしいだろこれ神様ふざけんなよ

82: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:42:33 ID:7mc
オリジナルイラストサイトの運営しているんだが
ある一通のメールが届いた
件名:はじめまして
「○○様(←私のHN)、始めまして(×←厨)の名前と申します。」
そんな文から始まり。貴方の絵はオリジナリティがあるのに大雑把だ
もっと丁寧に描けば、とても素晴らしい絵になる。頑張ってください。
という物だった。
別に上から目線と言う訳でもない。おせっかいな人からのメールかと思った。
確かに、私の絵は背景などがおざなりな絵が多かった。
少し反省をして背景を少し丁寧に描く様に心がけた。
しかし、厨からのメールは止まる事は無かった。
一つ絵を更新すれば「あそこが駄目だ」「ここが駄目だ」と難癖を付けてくる
いっその事灰汁禁にでもすれば楽なのだろうがしかし此処で負ける訳にはいかないと
変に意地を張り。絵の一枚一枚に全力で挑んだ。

そんな風なやり取りが約半年以上続いた時、その厨から一通のメールが届いた。
「○○様へ
この半年間で貴方の絵はとても魅力的で素晴らしいものに変わりました。
貴方はこの半年間とても頑張りましたね。貴方はやれば出来る子です。
だからもっと自分に自信を持ってください。自分は出来ないヤツだと泣かないで下さい。
これからも素敵な絵を沢山描いてください。
                               母より」
最後の一文に目ん玉が吹っ飛んだ。
良く見るとアドレスがどこかで見た事ある。私が母のパソコンのメアドを作ったときに作ったアドレスだった。
思わず台所で夕飯の支度をしている母に問いただすとあっさり自供。
母はひょんな事から私の日記代わりに作ってたブログを発見しブログ経由で私のサイトを発見。
私の絵を見て「もったいないなぁ」と元、美術部員なりに思いなんとかアドバイスをと思った。
しかし家族に絵を見られる事の恥ずかしさを知っていた母が取った行動が
例のいちゃもんメールだったとの事。何時かは種を明かそうとワクワクしていたらしい。
だけどあんな上から目線のメール、私が受信拒否するとは考えなかったのかを聞くと。
私が反応しそうなキーワードを入れワザと挑発していたのだそうで・・・
それと、何をやっても上手くいかないと泣いていた私の事が気にかかっていたらしい。
今はそのいちゃもんメールはぱったりと無くなり平穏にサイト運営をしている。

83: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:44:43 ID:7mc
一昨日が娘の結婚式だったから、昨日の夜に妻に愛してるって言ってきた。

…答えてくれる訳ないんだけどな。

22年前、娘を産んだ時にそのまま迎えがきてしまった。

あの日から22年、22年間も愛してるなんて言ってなかった。

仏壇に向かって言った途端、涙が止まらなくなっちまってさぁ。

娘の結婚式でも泣かなかったんだぜ?

それなのに、たった一言口にしただけで涙が止まらなくて。

でも、とても暖かかったよ。
あいつに会えて幸せだったと思えたよ。

40過ぎたオッサンだけど、本当によかった。ありがとう、君に会えて本当によかった。ありがとう。

85: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:46:50 ID:7mc
【社会】子供を助けに海に入った父水死…子供はサーファーが助け無事 - 石川

7 :名無しさん@13周年:2012/09/02(日) 20:22:19.02 ID:oomxQ/h+0
親父バカだなと思うだろ?
違うんだよ、俺が死んでもイイから息子を助けてくれっていう親父の願いを
海の神様が聞き届けちゃうンだよ

88: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:54:04 ID:7mc
【最後の】世界の終わりに何をする? part2【審判】
151
仕事ですよ。
郵便配達員なので、郵便を配り終えてから、
家に帰って家族と終わりの時を迎えます。
手紙を待ち侘びてる人が、いるだろうからね。
出来れば配り終わるまで、終わらないで欲しいなぁ。

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90: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)03:57:11 ID:KBK
あったこれだ



半年ちょい前の俺へ

そっちは午前4時だな。
部活で疲れてぐっすりだと思うが、頑張って起きろ
今から言う事をやってくれ。頼む、お前の為だから。しくじるなよ。

音をたてないようにしろ、気づかれるから。
まず、1階に降りて台所から包丁を持ってこい。
そしてお前のバカ兄貴の部屋の前に行き
ドアを開けて部屋に駆け込み一撃でぶった切れ。

バカ兄貴が首を吊ろうとしてる、その柔道の帯で作った輪っかをな。
そうしないとバカ兄貴が首吊って死んじまうぞ。
発見した時の光景と母さんの悲鳴はたぶん一生お前の頭から離れなくなる。
前日まで普通に相談に乗ってもらってた兄貴が次の日には死んでんだぞ
いなくなるんだ

あと兄貴に言ってやれ。
「さんざんアンタをバカにしてきたが、学校じゃ自慢しまくるくらい好きなんだよ。」って

頼む。頼むよ。
頼むからこの文を半年前の俺に送らせてくれよ。
頼むよ。お願いします

「おやすみ。また明日な。」
って言ってたじゃねえか
バカ兄貴。

91: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:03:23 ID:2JT
鼻が詰まって息できない

94: 今度は俺の番 2015/08/30(日)04:25:28 ID:KBK
去年3月に定年を迎えた父に兄と私で携帯電話をプレゼント。
退職前は携帯などいらんと言っていたがうれしそうだった。
使い方に悪戦苦闘の父に一通り教えてまずメールを送ったが返事はこなかった。
その6月に脳出血で孫の顔も見ずに突然の死。
40年働き続けてホッとしたのはたったの2ヶ月。
葬式後父の携帯に未送信のこのメールを発見した。
最初で最期の私宛のメール。私は泣きながら送信ボタンを押した。
私の一生の保護メールです。

「お前からのメールがやっと見られた。
返事に何日もかかっている。
お父さんは4月からは毎日が日曜日だ。
孫が生まれたら毎日子守してやる。」

95: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:26:01 ID:KBK
あの日俺が楽しみにとってあったアイスクリームを、母が弟に食べさせてしまった
学校から帰り、冷凍庫を開け、アイスを探したが見つからなかった
母親に問い詰めると、弟が欲しがったのであげたと言った
その時楽しみにしていた俺は、すごく怒った
母親に怒鳴り散らし、最後に「死ね!」と叫び、夕食も食べずに部屋に篭もった
それから何時間か経った
俺は寝てしまっていたようだ、が、父親が部屋に飛び込んで来たので目が覚めた
「母さんが轢かれた・・・!」
あの時の父親の顔と言葉を、俺は一生忘れないだろう
俺達が病院に着いたとき、母親はどうしようもない状態だと言われた
医者は最後に傍にいてあげて下さいと言い、部屋を出た
それから少しして、母親は息を引き取った
その後、母親があの時間外にいた事を父から聞いた
買い物に行くと言って出て行き、その帰りに車に轢かれた事
現場のビニール袋の中には、アイスが一つだけ入っていた事
救急車の中でずっとごめんねと呟いていた事
その時、俺のためにはアイスを買いに行って事故にあったとわかった

通夜と葬式の間中、俺はずっと泣いた
そして、今でもこの時期になると自然に涙が出てくることもある
母さん、ごめんな
俺が最後に死ねなんて言わなかったらと、今でも悔やみ続けている。

96: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:26:58 ID:KBK
うちは貧乏な母子家庭で、俺が生まれた時はカメラなんて無かった
だから写真の変わりに母さんが色鉛筆で俺の絵を描いて、アルバムにしてた
絵は上手じゃない
ただ、どうにかして形に残したかったらしい
ほぼ毎日、赤ん坊の俺を一生懸命描いてた
絵の隣に『キゲンが悪いのかな??』とか『すやすや眠ってます?』ってコメント付きで
小学四年生の時、家に遊びに来た友達数人に、そのアルバムを発見された
めちゃくちゃ笑われて、貧乏を馬鹿にされた
友達が帰って直ぐ、俺はアルバム三冊をバラバラに破いてゴミ箱に捨てた
パートから帰って来た母さんがそれを見つけて、泣きだした
破いた理由を言っても、変わらず泣き続けた
翌朝起きると、居間で母さんがゴミ箱から絵の破片を集めてセロハンテープでとめてた
「恥ずかしい思いさせてごめんね。でもね、これ、母さんの宝物なんよ」
申し訳なさそうに優しくそう言われると、涙が溢れ、俺はごめんなさいと謝った

98: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:31:51 ID:KBK
大学が決まり一人暮らしの前日の日
親父が時計をくれた。
金ピカの趣味の悪そうな時計だった。
「金に困ったら質に入れろ、多少金にはなるだろうから」
そういってた。
二年生のある日、ギャンブルにハマリ家賃が払えなくなった。途方にくれていた時。
ハッと気がつき、親父の時計を質にもって行った。
紛れもない偽者であることが判明した。
すぐに親父電話した。

俺「おい!偽者子供につかませんなよ!」
親父「なっあてになんねーだろ人のゆうことなんざ。困った時にこそ裏切られるんだよ
   最後の頼みの綱になー。がはははは!これが俺の教育だよ。」
親父「でいくら必要なんだ?金に困ったんだろ?」
俺「・・・・あきれるわ。十二万貸してください・・・」
親父「明日振り込むから、何があったかは聞かない。金がない理由は親にいえない事が多いわな!」
親父「がはははは!女にでもはまったか?このバカ息子が!!ははは!!」

正直心底むかついたが、親父の声は俺を安心させてくれた。
今思うと、小さい会社だが経営者らしい教育だったのかなと思う。
そんな親父も去年の夏、ガンで死んだ。往年の面影も消え、ガリガリになった親父が
また時計をくれた。まだ箱に入った買ったばかりの時計だった。必死で笑顔を作りながらいった。
親父「金に・・困ったら質にでも・・・入れろや・・!」

オメガのシーマスターだった。くしくもその日は俺の誕生日だった。
俺「親父の時計はあてになんねーから質には入れないよ。」
二人で笑った三日後、親父は死んだ・・・・

親父が死んだ今も、金ピカの時計はメッキもはげたがまだ時を刻んでいる。

99: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:32:23 ID:6NC
イッチは泣けるコピペがほしかったんやね

100: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:33:37 ID:KBK
ある日、叔母さんのうちに一本の電話がかかってきた。

「こちら警察のものですが、お宅の息子さんが事故を起して通行人に怪我をさせてしまいまして、
被害者の方から示談で良いとのことで、至急こちらの口座に振 り込んでいただきたいのです。ただいま、息子さんに代わりますね・・・」

叔母さんはすぐにそれが最近流行っているオレオレ詐欺だということに気が付いた。
なぜなら、息子は5年前に事故で亡くなっているからだ。

「母さん、俺だよ、事故起しちゃってさぁ、大変だよ。すぐに示談金振り込んでくれよ」
叔母さんはその声を聞いてハッとした。
死んだ息子の声とそっくりだったからだ。
まるで死んだ息子が蘇り、そこにいるような気がした。
叔母さんは電話を切ることが出来ず、
しばらく息子にそっくりなその電話の声に聞き入っていた。
そして再び警察官と名乗る男に代わった。

「そういうわけなので、どうかお母さん、示談金、お願いしますね・・・」
再び息子と名乗る男に代わった。

「母さん、ゴメンよ、助けてくれ」
そこで叔母さんはやっと真実を話した。

「あのね、私の息子は5年前に死んでるの。」
電話の声がパタリと止まった。気まずい空気が流れた。
しばらくの沈黙の後、電話が切られる前におばさんは言った。
「ちょっと待って、あなたの声、息子とそっくりなの。
 電話切る前に、もう一言だけ、声を聞かせてもらえないかしら。」
しばらくして、電話の主はこう言い、電話を切った。

「母さん」

101: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:34:41 ID:KBK
小学生の頃、母親が入院していた時期があった。
それが俺の遠足の時期のちょうど重なってしまい、
俺は一人ではおやつも買いに行けず、
戸棚にしまってあった食べかけのお茶菓子とかをリュックに詰め込んだ。
そして、夜遅くオヤジが帰宅。
「あれ・・・明日遠足なのか」と呟き、リュックの中を覗き、しばし無言。
もう遅かったので、俺はそのまま寝てしまった。

次日、リュックを開けて驚いた。
昨日詰めたおやつのラインナップがガラリと変わっている。
オマケのついたお菓子とか、小さなチョコレートとか・・・
オヤジ、俺が寝てからコンビニ行ったんだな。
俺、食べかけの茶菓子でも全然気にしてなかったんだけどさ。

あの時、オヤジがどんな気持ちでコンビニへ行ったかと思うと、
少し切なくなる。

102: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:35:39 ID:KBK
ある病室に2人の末期ガンの患者が入院していた。
一人は窓側のベッド、もう一人はドア側のベッド。
2人とも寝たきりの状態だったが、窓際のベッドの男は
ドア側のベッドの男に窓の外の様子を話してあげていた。
「今日は雲一つない青空だ。」「桜の花がさいたよ。」「ツバメが巣を作ったんだ。」
そんな会話のおかげで死を間近に控えながらも2人は穏やかに過ごしていた。
ある晩、窓際のベッドの男の様態が急変した。自分でナースコールも出来ないようだ。
ドア側の男はナースコールに手を伸ばした。が、ボタンを押す手をとめた。
「もしあいつが死んだら、自分が窓からの景色を直接見れる・・・」
どうせお互い先のない命、少しでも安らかな時をすごしたいと思ったドア側のベッドの男は、
自分は眠っていたということにして、窓側のベッドの男を見殺しにした。
窓側のベッドの男はそのまま死亡した。
晴れて窓側のベッドに移動したドア側のベッドの男が窓の外に見たのは、
打ちっ放しのコンクリートの壁だった。

103: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:39:53 ID:KBK
娘が6歳で死んだ。
ある日突然、風呂に入れている最中意識を失った。

直接の死因は心臓発作なのだが、持病のない子だったので
病院も不審に思ったらしく、俺は警察の事情聴取まで受けた。
葬式には別れた女房が「彼氏」同伴でやって来たが、
もはや俺にはその無神経に腹を立てる気力もなく、機械的にすませた。
初七日も済んで、俺は独りで映画を観にいき、娘が観たがっていた
ゴジラととっとこハム太郎の二本立てを観ることにした。
とっとこぉはしるよハム太郎♪の歌を聴いた瞬間、やっぱり俺は泣いた。
6歳にもなって活舌の悪い娘が、この歌を一生懸命覚えて、
とっとこぉ、はしゆよ、はむたよお♪と歌っていたっけ。
ハム太郎の紙コロジーだってクリスマスに買ってやるつもりだった。

女親のいない家庭だったが、少しでも女の子らしくと、
服を買うときだって、面倒がらずに吟味を重ねた。
学校だって、行きたいところに行かせてやるつもりだったし
成人式には、ちゃんと着物を着せてやるつもりだった。

女房と離婚してから俺は100%子供のために生きることにして、
必死にやってきたのに、この世に神様なんて絶対いないんだと知った。

105: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:41:57 ID:KBK
アリの巣コロリってあるじゃん。
蟻の行列にポンと置くと、一瞬ビックリして列が乱れる。
邪魔だなと言わんばかりに迂回する列が出来る。
そのうち好奇心旺盛な一匹がアリの巣コロリに入る。
そいつをマネして何匹も入る。
毒とも知らずにツブツブを運び出す。一匹が一粒づつ。
いつのまにか行列はアリの巣コロリが折り返し地点になる。
黄色い粒と黒い蟻が作り出す模様は綺麗で見てて楽しい。
一匹が一粒づつ、丁寧にせっせと毒の粒を運ぶ。
せっせと、せっせと、せっせと、せっせと。
蟻さんって働き者だなと思う。俺も頑張らなきゃなと思う。
次の日、あれほど沢山いて俺を困らせた蟻が一匹もいない。
ほんとにいない。探してもいない。泣きたくなった。

106: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:42:53 ID:KBK
3年前の話。
当時、金融屋をやっていたんだけど<裏金>その年の夏。
いつものように追い込みかけに行ったら、親はとっくに消えていたんだけど
子供が2人置いてかれてた。
5歳と3歳。<上は男の子、下は女の子
俺はまだペーペーで、周りの兄さんらと違って顔も怖くなかったらしく
家に行ったときすぐに下の子になつかれた。
ボロボロの服で風呂にも入ってなくて、「いつから親はいないんだ?」って
聞いても答えない。
「何食ってたんだ?」って聞いたら、上の子は下をむいて泣いた。
下の子が「こっち」って手を引いて裏庭に俺をつれていった。
破れた金網を通ってでたところは、小学校の裏庭だった。
「あのね、みーちゃんこれ食べたの」って池を指す。
嫌な予感がした。
だってさ、その池って金魚がウヨウヨ泳いでるんだよ・・・。
2人を抱きかかえて家に戻ると、テーブルに小さいボウルと茶碗。
「お前ら・・・金魚食ってたのか・・・」って聞いたら「・・・うん」
すっげーやるせなくて涙がでて、俺もその場にいた兄さんらも泣いた。
すぐに兄さんがたくさん食べ物と洋服を買ってきた。
近くの銭湯で体を洗ってやった。
その後、俺らじゃどうしようもないから施設に連絡をいれた。
連れていかれる時に「お兄ちゃんありがとう」っていってた。
・・・全然ありがとうじゃねーよ・・・俺たちがお前らの親を追いつめたのに。
俺を含めて何人かは、この後仕事を抜けた。

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108: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:44:34 ID:KBK
74 名前: 本当にあった怖い名無し 投稿日: 2005/10/25(火) 23:15:23 ID:3q82jy6uO
俺、死ぬ前に小学生の頃を、一日でいいから、またやってみたい
わいわい授業受けて、体育で外で遊んで、学校終わったら夕方までまた遊ぶんだ
空き地に夕焼け、金木犀の香りの中家に帰ると、家族が「おかえり~」と迎えてくれて
TV見ながら談笑して、お母さんが晩御飯作ってくれる(ホントありがたいよな)
お風呂に入って上がったらみんな映画に夢中になってて、子供なのにさもわかってるように見入ってみたり
でも、全部見終える前に眠くなって、お部屋に戻って布団に入る
みんなのいる部屋の光が名残惜しいけど、そのうち意識がなくなって…そして、死にたい

109: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:45:36 ID:KBK
こんな感じの
ちょっと凹みたい

夏休みに自転車でどこまでいけるかと小旅行。計画も、地図も、お金も、何も持たずに。
国道をただひたすら進んでいた。途中大きな下り坂があって自転車はひとりでに進む。
ペダルを漕がなくても。何もしなくても。
ただ、ただ気持ちよかった。自分は今、世界一早いんじゃないかと思った。
子供心に凄く遠いところまできた事を知り、一同感動。滝のような汗と青空の下の笑顔。

しかし、帰り道が解からず途方に暮れる。不安になる。怖くなる。いらいらする。
当然けんかになっちゃった。泣いてね~よ。と全員赤い鼻して、目を腫らして強がってこぼした涙。
交番で道を聞いて帰った頃にはもう晩御飯の時間も過ぎてるわ、親には叱られるは、
蚊には指されてるわ、自転車は汚れるわ。
でも次の日には全員復活。瞬時に楽しい思い出になってしまう。絵日記の1ページになっていた。

今大人になってあの大きな下り坂を電車の窓から見下ろす。
家から電車でたかだか10個目くらい。
子供の頃感じたほど、大きくも長くもない下り坂。
でもあの時はこの坂は果てしなく長く、大きかった。永遠だと思えるほどに。

今もあの坂を自転車で滑り落ちる子供達がいる。楽しそうに嬌声を上げながら。
彼らもいつの日にか思うのだろうか。
今、大人になってどれだけお金や時間を使って遊んでも、

あの大きな坂を下っていた時の楽しさは、もう二度とは味わえないと。
もう二度と、友達と笑いながらあの坂を、自転車で下る事はないだろうと。
あんなにバカで、下らなくて、無鉄砲で、楽しかった事はもう二度とないだろうと。

110: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:46:37 ID:KBK
名前:名無し募集中。。。[sage] 投稿日:2011/08/06(土) 16:35:26
212 名前:公共放送名無しさん[] 投稿日:05/03/20 20:43:31 ID:P7vQwJYj
奇数なら内定

250 名前:公共放送名無しさん[] 投稿日:05/03/20 20:44:13 ID:P7vQwJYj
奇数なら内定

311 名前:公共放送名無しさん[] 投稿日:05/03/20 20:46:13 ID:P7vQwJYj
偶数なら内定
※(´;ω;`)ブワッ

111: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:47:04 ID:KBK
ある大学でこんな授業があったという。 
「クイズの時間だ」教授はそう言って、大きな壺を取り出し教壇に置いた。
その壺に、彼は一つ一つ岩を詰めた。壺がいっぱいになるまで岩を詰めて、彼は学生に聞いた。
「この壺は満杯か?」教室中の学生が「はい」と答えた。
「本当に?」そう言いながら教授は、教壇の下からバケツいっぱいの砂利をとり出した。
そしてじゃりを壺の中に流し込み、壺を振りながら、岩と岩の間を砂利で埋めていく。
そしてもう一度聞いた。
「この壺は満杯か?」学生は答えられない。
一人の生徒が「多分違うだろう」と答えた。
教授は「そうだ」と笑い、今度は教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出した。
それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後、三度目の質問を投げかけた。
「この壺はこれでいっぱいになったか?」
 学生は声を揃えて、「いや」と答えた。
教授は水差しを取り出し、壺の縁までなみなみと注いだ。彼は学生に最後の質問を投げかける。
「僕が何を言いたいのかわかるだろうか」
一人の学生が手を挙げた。
「どんなにスケジュールが厳しい時でも、最大限の努力をすれば、
 いつでも予定を詰め込む事は可能だということです」
「それは違う」と教授は言った。
「重要なポイントはそこにはないんだよ。この例が私達に示してくれる真実は、
 大きな岩を先に入れないかぎり、それが入る余地は、その後二度とないという事なんだ」
君たちの人生にとって”大きな岩”とは何だろう、と教授は話し始める。
それは、仕事であったり、志であったり、愛する人であったり、家庭であったり・自分の夢であったり…。
ここで言う”大きな岩”とは、君たちにとって一番大事なものだ。
それを最初に壺の中に入れなさい。さもないと、君達はそれを永遠に失う事になる。
もし君達が小さな砂利や砂や、つまり自分にとって重要性の低いものから自分の壺を満たしていけば、
君達の人生は重要でない「何か」に満たされたものになるだろう。
そして大きな岩、つまり自分にとって一番大事なものに割く時間を失い、その結果それ自体失うだろう。

112: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:47:41 ID:KBK
392 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2007/05/29(火) 06:04:45 ID:vg6CIzKb
自分の犬を売ったよ
58000のチワワを1000で
泣きながら売ったよ
産まれた時から一緒でさぁ~可愛いかったなぁ
1年間ずっと一緒
辛い時も嬉しい時も寝る時もさ・・・
泣いてたら必ずペロペロして来て、どこに行くのも付いて来て
俺にとって唯一の家族だったんだ
泣きながらスロットした
負けたよ
俺さぁ
何やってんだろ

114: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:49:37 ID:KBK
平日の昼下がり。
長年の激務から開放されたのぶ代は近所の公園で一人、のんびりとしていた。
夕暮れにさしかかった頃、砂場で遊ぶ一人の少年をみつける。小学校低学年と見られる
その少年は、小さい体に似合わない大きな黒ぶちの眼鏡をかけ、一人黙々と砂山を作る。
「おばちゃんもお手伝いしていいかな?」
少年はパッと顔をあげ、か細い声で
「うん・・いいよ」
と答えた。少年の横に座り、砂山に砂をかけていくのぶ代と少年。
「一人で遊んでるの?お友達とは遊ばないのかな?」
砂山にまっすぐ視線を向けたまま、少年は答える。
「僕・・・今日は友達と喧嘩しちゃったんだ・・あいつすっごい凶暴な奴でさ、気にいらないとすぐ
僕の事殴るんだよ」
のぶ代は目を細めながら少年を見つめる。あぁ、君みたいな子を私はずっと知っているよ・・と。
「僕ちゃん、ドラえもんてアニメ知ってる?」
「知ってるよ。僕タケコプターが欲しいな。あれがあれば毎日遅刻なんかしないのに!」
「おばちゃんね、ドラえもんの物真似ができるんだよ。」
「本当に?やってみせてよ!」
少年は初めて小さな笑顔を見せてくれた。

「・・・・・ノビ太くん、ジャイアンなんかに負けるな!僕がついてるよ・・!」

ふと見ると、少年の顔がうっすら雲っている。「おばちゃん・・・」
「ドラえもんの声は、そんな変なガラガラ声じゃないよ。全然にてないじゃないか。うそつき!」
砂山をぐしゃりと潰し、走り去っていく少年。のぶ代は何もいえなかった。
あたりは暗くなり始めていた。
「・・・・・・・・・・僕、ドラえもん・・・・・・」

115: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:50:36 ID:TEe
>>114
むなしい

116: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:50:51 ID:KBK
親戚の親子が遊びに来た
伯父さんに「○○(俺の事)は何やってるんだ?」
と訊かれ
「ニートです」と答えると
「ほら見ろ、○○は何の仕事かよくわからないけど
ちゃんとカタカナ商売に就いているのにお前は家でブラブラしおって!」
と従兄弟を叱りだした。

俺は従兄弟にちょっとすまない気がした。
それどころか伯父さんは従兄弟をいきなり数発殴り、蹴りを入れた。
うずくまる従兄弟を背に伯父さんは財布をとりだし、
「ニートの仕事もたいへんだろう。だが仕事だけではだめだぞ。たまにはゆっくりしなさい」
そう言って1万円くれた。

119: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:54:08 ID:KBK
今まで毎日「死にたい・・・」って呟いてたけど、筋トレ始めてからは
性格がポジティブになって「よし、死ぬか!」ってなった

120: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:54:26 ID:KBK
幼女「セブンスターってタバコ下さい」
店員「ごめんね、小さい子には売れないの」
幼女「お父さんが吸うんですけど」
店員「それでもダメなの、ごめんね」
お札を握って店の外へ出て行く幼女。
5分後、泣きながら片方のほっぺた真っ赤にして、鼻血吹いてる幼女来店。
幼女「お願いでずっ、セブンズダー下さいっ!」
店員「ごめんね、国を恨んで」

121: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:55:14 ID:KBK
 ロシアのシベリア地方に住む19歳の少女Olga Moskalyovaさんが
 釣りをしている最中に、ツキノワグマに食われて死亡したとのこと。

 熊に襲われている最中に3回、母親に電話して
 「今、熊に食べられてるの!!痛い!!助けて」
 などと助けを求めたそうですが、

 母親は
 「また娘が大げさな嘘をついてるわ」
 と取り合わなかったとのことです。

 しかし、熊の鳴き声と咀嚼音が電話から聞こえたため
 母親はびっくりして自分の夫に電話をしましたが、

 なんと娘と夫は一緒に釣りに来ており
 夫は娘より前に熊に食われて死亡していたため電話に出ず、

 母親は警察に通報しましたが救助は間に合わなかったそうえす。
 娘は最後まで母親との電話を切らず、

 最後の言葉は

 「お母さん、こんどは子供の熊が三匹来てまた私を食べてる・・・」
 「お母さん、もう痛くなくなった・・ 今までごめんなさい。 ママ愛してる・・・」

 だったそうです。

123: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:58:30 ID:KBK
カーチャンの七不思議

夜には疲れた顔してたのに朝には早起きして弁当作っててくれる
夜遅く帰っても他の家族は寝てるのにカーチャンだけ起きてる
俺が疲れてるの何故か把握してて栄養剤出してくれる
俺が逆切れしても困ったように笑ってる
俺が自分で言ったのに忘れてた事をずっと覚えてる
いまだに俺の誕生日祝ってくれる
俺より長生きしてくれない

124: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)04:58:53 ID:KBK
638 ゲーム好き名無しさん 2008/08/25(月) 03:26:55 ID:cHhmCF+S0
お勧めの泣きゲー教えて

640 ゲーム好き名無しさん 2008/08/25(月) 03:27:57 ID:jUXI+QB50
現実

641 ゲーム好き名無しさん 2008/08/25(月) 03:29:26 ID:cHhmCF+S0
やめろ

642 ゲーム好き名無しさん 2008/08/25(月) 03:31:26 ID:vqmRw6yw0
もうやめてる

643 ゲーム好き名無しさん 2008/08/25(月) 03:32:40 ID:TumfJWkp0
泣いた

126: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:01:13 ID:KBK
75 :大人になった名無しさん :2005/11/25(金) 18:56:03
小さいころ新聞に折り込まれた広告を見ると近所に出来た電気屋さんの開店セールのチラシが入っていた。
そのチラシには「開店記念、ホットプレートで作った焼きそばを無料配布」の文字が!
焼きそばが大好きだった俺は、タダで焼きそばか食べられるのかとワクワクしながら弟を一緒に電気屋の前まで行ったが電気屋の近くまで来た時に目にした光景は
閑散とした客誰一人としていない店頭で一生懸命呼び込みをしながら焼きそばを小さなホットプレートで焼きつづける電気店主夫婦・・・
子供の目にもあまりにも寂しい雰囲気だったので「焼きそば下さい」と店の前まで行く勇気が湧かず弟と一緒に遠巻きに電気屋を見て、そのままそそくさと帰宅した。
それから月日は経ち電気屋は無くなった。

127: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:01:49 ID:KBK
会社が棚卸しで振り替え休日があったので
会社の若い連中、男女3:3で海にドライブに行った
私は途中で腹が減ると思ったので
人数分×3個のおはぎを、前の晩からこしらえた。
「気のきく人」と思われて好感度アップ間違い無しと確信して
寝不足ながらウキウキ気分で出発。
ひそかに思いを寄せるN男さんもお洒落な服で張り切っている。
10時ごろ、ブサイクな同僚♂(29才喪男)が
「ソフトクリームがたべたい」と言い出したので
私は「お、おはぎならありますけど・・」とやや控えめに
18個の色とりどりのおはぎ(あん・青海苔・きなこ)を紙袋からとり出した。
一瞬「しーん」となって、ブサイクな同僚♂が
「喪女さんが握ったの?うわwwおばあちゃんみたいwww」と言った。
他の女が「ちゃんと洗った手で作ったの?今の季節雑菌は危ないよ、ほら、ここやばくない?」と言った。
爆笑が起こった。18個のおはぎは誰の口にも入らなかった。
私はほぼ半泣き状態で、おはぎをしまった。
人づてに聞いた話だけど、N男さんも「ちょっとあれは食べらんないw」と
言っていたらしい。

128: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:02:16 ID:KBK
なんか機械音痴の母がデジカメを買った。
どうやら嬉しいらしく、はしゃぎながらいろいろと写してた。
何日かしてメモリがいっぱいで写せないらしく
「どうすればいいの?」って聞いてきたが
「忙しいから説明書読め!」とつい怒鳴ってしまった。
さらに「つまらないものばかり写してるからだろ!」とも言ってしまった。
そしたら「・・・ごめんね」と一言。

そんな母が先日亡くなった。
遺品整理してたらデジカメが出てきて、何撮ってたのかなあと中身を見たら
俺の寝顔が写ってた・・・。

涙が止まらなかった。

129: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:03:02 ID:KBK
【マンボウの死因一覧】
1. 朝日が強過ぎて死亡
2. 水中の泡が目に入ったストレスで死亡
3. 海水の塩分が肌に染みたショックで死亡
4. 前から来たウミガメとぶつかる事を予感したストレスで死亡
5. 近くに居た仲間が死亡したショックで死亡
6. 近くに居た仲間が死亡したショックで死亡した仲間から受けたストレスで死亡
7. 寄生虫殺すためにジャンプして水面に当たって死亡
8. まっすぐしか泳げないから岩に直撃して死亡
9. 水中に潜って凍死
10. 日にあたってたら鳥に突かれて死亡
11. 寝てたら陸に打ち上げられて死亡
12. 魚の骨が喉に詰まって死亡
13. 泡が目に入ってイライラして死亡
14. エビやカニを食べることがありよく殻が内蔵に刺さって死亡

130: >>125ありがと 2015/08/30(日)05:04:45 ID:KBK
朝起きたらとなりでルイズが寝ていた。
俺は死ぬほど嬉しかった。何せ夢にまで見たルイズだ。
童貞の俺にもついに彼女が出来て幸せに暮らしていける。
そしてマイホームを買って子供をつくって毎日幸せな生活をする。
そんなことを一瞬にして考えた。

でも、ルイズは「サイトはどこ?サイトどこにいるの?」
って言うんだよ。俺のことは見向きもせずに。
そのとき分かったんだ。ルイズはサイトと幸せになるべきだって。
だから俺は一緒にサイトを探してあげた。
やっぱりルイズの笑顔は俺に向ける笑顔よりサイトに向ける笑顔のほうが可愛い。
俺は二人が幸せになってほしいと願いながら立ち去った。

そんな夢を見た。
起きてとなりをみた。
ルイズの抱き枕があった。
目から涙がこぼれた。

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131: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:05:40 ID:KBK
結婚を前提に付き合ってる彼女を、自宅に招待して食卓を囲っていたときのことだが・・・

ドブゥッ
全員「・・・・・・」

明らかに彼女だ。彼女の尻から聞こえてきた。間違いない、屁だ。
すると母が「やだあ、お父さん!」とすかさずフォロー!
ナイスだ母さん!俺はハイタッチしそうになったがこらえた。
しかし父は「いや、俺じゃないぞ!本当だって!」
父よ、何故にそこでマジギレするのか?折角いい方向に向いてたのに!
アレか?彼女に「屁なんてしないダンディーな父です」とでも言いたいのか?バカが!

そうこうしてるうちに俺が焦り狂ってつい「ごめん、お、俺だ!」なんて言ったら、
彼女が「す・・・すみません。私でした・・・」と正直に告白してしまった。

俺が彼女をなんとか救おうと悩んでいると、
父が「昨日はキムチ食べた?そんな臭いだね」などと笑いながら言い出した。

俺はこの時以上に父がリストラされた理由を実感できた日はない。

133: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:07:13 ID:TEe
>>131
これは、、、

134: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:07:43 ID:KBK
俺の母さんは、生まれつき両腕が不自由だった。
なので料理は基本的に父が作っていた。
ただ、遠足などで弁当がいる時は、母さんが頑張って作ってくれていた。
でも、小学校6年の時の遠足で、見た目が悪い母さんの弁当を見られるのが嫌で、とうとう「弁当はコンビニで買っていくから、この弁当はいらない!!」と言ってしまった。
母さんはそんな馬鹿な俺に、ただ、うまく作れなくてごめんねとしか言わなかった。
時は過ぎ、小・中は給食だったのだが、高校になってからは給食はないのでいつも昼は購買のパンですませていた。
しかし、高校2年になったある日、母さんが弁当を作ると言い出した。
それは遠足の時に作ってくれたものとは、見た目も味も段違いに良くなっていた。
不自由な手で、一生懸命作ってくれたのだ。
と、思ったのもつかの間。 肺炎で入院したかと思うとぽっくり逝ってしまった。
弁当を作り始めてから3ヶ月しか経たない内に。
母さんが死んだ後、親父から聞いたのだが、どうやら母さんは俺の為に、定食屋をやっている知り合いの所に一年間料理を習いに行っていたらしい。
そして後日、その定食屋に行って見た。
定食屋の人と俺は直接、関わりは無いけれど、優しそうな人だった。
そして母がよく弁当に入れていたメニュー、ハンバーグ。それの定食を頼んだ。
そして、それを口にしたとたん、ぼろぼろと涙がこぼれてきた。
たった3ヶ月しか食べられなかったけど、たしかに母さんのハンバーグの味にそっくりなのだ。
腕がまともに動かせないのに、頑張って作ってくれた、あのハンバーグの味。
形は少し不細工だったけど、とても美味しかった、あの、ハンバーグの味。

135: 意外と見てるんだなありがとう 2015/08/30(日)05:09:31 ID:KBK
245 :いい気分さん :2006/03/32(土) 21:59:12
春一番が吹き荒れた日。
本当に物凄い強風で店の看板が倒れたり、その日は朝から
トラブル続きでずっと落ち着かず、疲れ切っていた。

そんなとき、若いカップルのレジをしたら男のほうが
「駐車場の段ボールが飛び散って迷惑なんですけど。あのままにしておいていいんですか?」
と少し怒りながら言ってきた。こっちも疲れ切ってイライラしていたので
「申し訳ございません今すぐ片付けます」
と適当にその場を収めて嫌々強風の吹き荒れる外へ出て駐車場を見たら見事に段ボールが一面に散らばり舞っていた。

片付けるにもその最中も強風が吹き止むはずもなく気の遠くなるような作業だった。
もうこのまま放っとけばどっかいくだろ。なんて思いながら掻き集めていたら後ろから
「すみません、これ・・・」と、さっきのカップルの彼女の方が私より遥か多くの段ボールを抱えて立っていた。

くるくる綺麗に巻いた髪がボサボサになっていた。
ひらひらの綺麗なワンピースを着ているのに、汚い段ボールを胸いっぱいに抱えていた。
その後ろには彼氏が、段ボールをたくさん抱えて立っていた。

とても自分が恥ずかしくなった。
申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
カップルから段ボールを受け取って深くお辞儀をすることしかできなかった。

136: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:10:04 ID:zlR
kBK頑張れ!楽しんでる!

137: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:10:16 ID:KBK
J( 'ー`)し
自分が多少つらくても、腰痛くても頭痛くても、子供が元気にしてくれてるのがすごく嬉しいの。
元気そうな子供の姿見たり声聞いてるとね、本当に嬉しいの。
別に感謝してくれたり、無理に気にかけてくれたりしなくていいの。
苦労して育てた自分の子供が、自分の足で立って人生歩んでくれることが、何より嬉しい。

悩んでる、行き詰ってる子供を見るのは本当につらい。
何とかしてあげたい、どうにかしてあげたいんだけど、私じゃ何もしてあげられない。
余計な口出ししちゃって、後悔する事もある。
アナタにはアナタの考えがちゃんとあるのにね。
でも、見守るだけしかできないのはつらい。
苦しんでる姿見ると、心が張り裂けそうになる。
親なのに、何でこんなにも、何もしてあげられないんだろうって、情けなくなるよ。


今楽しいアナタへ。アナタが楽しく生きているという事実が、お母さんの生きがいです。

今苦しいアナタへ。何もしてあげられなくてご免なさい。頼りなくて本当にごめんなさい。
でも、つらくても生き抜いてください。
お願いだから、自暴自棄になったり、自分を卑下したりしないでください。
生きる場所は必ずあります。生きる道は必ずあります。
アナタが、もがいて、もがいて。そこに辿り着くことを毎日祈っています。
私にできることが何かあるなら、どうか言ってください。
誇大表現でも何でもありません。
アナタが強く生きてくれることが、お母さんは自分の命よりも
大事です。

139: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:11:13 ID:KBK
アメリカの、とある地方に野球観戦の大好きな、でも、目の見えない少年がいました。 
少年は大リーグ屈指のスラッガーである選手にあこがれています。少年はその選手へファンレターをつづりました。

「ぼくは、めがみえません。でも、毎日あなたのホームランをたのしみにしています。
しゅじゅつをすれば見えるようになるのですが、こわくてたまりません。
あなたのようなつよいこころがほしい。ぼくのヒーローへ。」

少年のことがマスコミの目にとまり、二人の対面が実現することになりました。
カメラのフラッシュの中、ヒーローと少年はこう約束します。
今度の試合でホームランを放てば、少年は勇気をもって手術に臨む、と。

そして、その試合、ヒーローの最後の打席。2ストライク3ボール。テレビや新聞を見た多くのファンが、スタジアムで 固唾をのんで見守り、少年自身も、テレビの中継を祈る思いで聞いています。

ピッチャーが投げた最後のボールは・・・、大きな空振りとともに、キャッチャーミットに突き刺さりました。
全米から大きな溜め息が漏れようとした、その時、スタジアムの実況が、こう伝えました。

「ホームラン! 月にまで届きそうな、大きな大きなホームランです!」

145: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:15:36 ID:TEe
>>139
ベーブルースは足の不自由な子にホームラン約束をした
その子は、実際にはすでに立てるようになっているのだが、精神的な原因だろうか、たつことができないでいた。
ルースはみごとにホームランを打ち、うれしさのあまり少年は立ち上がった

140: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:11:33 ID:KBK
俺、小さい頃に母親を亡くしてるんだ。

それで中学生の頃、恥ずかしいくらいにグレた。
親父の留守中、家に金が無いかタンスの中を探しているとビデオテープがあったんだ。
俺、親父のエロビデオとかかな?なんて思って見てみた。
そしたら・・・
病室のベットの上にお母さんがうつってた。
『〇〇ちゃん二十歳のお誕生日おめでと。なにも買ってあげれなくてゴメンね。
お母さんがいなくても、〇〇ちゃんは強い子になってるでしょうね。
今頃、大学生になってるのかな?もしかして結婚してたりしてね・・・』
10分くらいのビデオテープだった。

俺、泣いた、本気で泣いた。
次ぎの瞬間、親父の髭剃りでパンチパーマ全部剃った。
みんなにバカにされるくらい勉強した。
俺が一浪だけどマーチに合格した時、
親父、まるで俺が東大にでも受かったかのように泣きながら親戚に電話してた。

そんで、二十歳の誕生日に、案の定、親父が俺にテープを渡してきた。
また、よく見てみたら。
ビデオを撮ってる親父の泣き声が聞こえてた。
お母さんは、笑いながら『情けないわねぇ』なんて言ってるんだ。
俺また泣いちゃったよ。
父親も辛かったんだろうな、
親父にそのこと言ったら、知らねーよなんて言ってたけど、
就職決まった時、
親父が『これでお母さんに怒られなくて済むよ』なんていってた。

俺このビデオテープがあったからまっとうに生きられてる。

141: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:11:59 ID:KBK
某所に手のつけられない荒くれの死刑囚がいて看守達もほとほと手を焼いていた。
そこで、神父様が呼ばれた。
その神父様、なかなか良く出来た人で、彼と独房で会う時に、
聖書の中に小さな紙切れをしのばせていた。
最初は「声を出すな。お前を救う作戦がたっている」とか言う感じで。
彼はそれを見て、神父はグルだと思って、自分のボスが助けてくれる
と確信していた。
会う度にメモが増えていった。「作戦は順調」とか「もうすぐだ」とか。
そして最後の日に渡されたメモにはこう書いてあった。
「作戦決行は、最後の瞬間」。


彼にとってこの世で最後の日。最後の夕食を食べ、神父に最後の祈りを聞いてもらい、
看守に引き連れられて電気椅子に向かい、最後に顔の前にカバーがかけられる瞬間まで
彼は笑顔だった。
彼の死後、一体荒くれだった彼をどうやって大人しくさせたのか、と問われた神父は
その看守に答えました。
「私は彼に『希望』を与えたんです。」

142: 136多少ごった煮だけど許してな 2015/08/30(日)05:14:21 ID:KBK
両親は、仲が悪いのだと思っていた。
冷たく見えるぐらい素っ気なかったから。

両親の兄弟姉妹などから、幼なじみで大恋愛だったとか、
周りの反対を押しきって結婚したんだとか聞かされても、到底信じられなかった。


母が子宮癌で手術を受けた。
手術の終わる時刻を見計らって病院へ行くと、父が母のベッドの傍に座り、
好きな歴史小説を読んでいた。
麻酔から覚醒したのか、母が痛い痛いと呻きだした。
父は即座に小説を閉じ、母の右手を両手で包み込んだ。
『ユミ、大丈夫だよユミ…』
まだ意識が戻りきっていないながらも、父の声に母が反応して答えた。
「タカちゃん…痛いよ…タカちゃん…」

父と母が名前で呼び合うのを聞いたのは、それが初めてで、最後だった。

母の通夜の後、棺の中の母の頬を何度も何度も父は撫でていた。
黙って撫でていた。

143: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:15:07 ID:KBK
俺の近所に住んでた爺さんの話。

一人暮らしだった爺さんは子供好きで、ちっちゃい頃の俺もよく遊んでもらってた。
ある時、爺さんの家で見た暴れん坊将軍(だったと思う)の1シーンで
老中と主役が「じい」「若」と呼び合うのを二人で真似して
俺「じい!今日も遊びに来たぞ。」
爺「若、よくぞいらっしゃいました。」
なんて呼び合って遊んでいた。
そんな関係は俺が他県の大学に進学するまで延々と続いていた。

卒業後に実家に戻ってきたらなんと「じい」が脳卒中やって入院中だという。
さっそく見舞いに行ってみたら「じい」はたくさんの管に繋がれてベッドに横たわっていた。
看護士の話では外界からの刺激にはなんの反応も示さない状態だと言う。
俺は「じい」に呼びかけてみた。
「じい、俺だぞ。覚えてるか?」
ダメもとのつもりだった。・・・が、次の瞬間、閉じられていた「じい」の目がカッと見開き
そして今まで昏睡してたとは思えないようなハッキリとした声で喋った。

「若、ご立派になられましたな。」

144: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:15:32 ID:KBK
母上様御元気ですか
永い間本当に有難うございました
我六歳の時より育て下されし母
継母とは言え世の此の種の母にある如き
不祥事は一度たりとてなく
慈しみ育て下されし母
有難い母 尊い母
俺は幸福であった

ついに最後迄「お母さん」と呼ばざりし俺
幾度か思い切って呼ばんとしたが
何と意志薄弱な俺だったろう
母上お許し下さい
さぞ淋しかったでしょう
今こそ大声で呼ばして頂きます
お母さん お母さん お母さんと



特攻隊の遺書

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146: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:17:01 ID:KBK
私が中学生くらいの頃、ちょうど反抗期真っ最中だった。

私は母と些細な事で喧嘩になり、母から「そんな子に育てた覚えはない!」と言われました。
売り言葉に買い言葉で「産んでくれなんて頼んだ覚えは無いよ!」とつい言ってしまいました。
お前なんて産まなきゃよかったくらいの言葉が返ってくるかと思ったのに、
母は私のその言葉を聞いてから黙ってしまい、返事をする事はありませんでした。

それから月日は経ち、私が大学入学する時に戸籍抄本を大学に提出しなくてはいけなかったので、役所に取りに行きました。

その戸籍には「養女」の文字が・・・

私は父と母の本当の娘ではなかったのです。
そんなこととは全く知らずに、あの日言ってしまったあの言葉。
悔やんでも悔やみきれませんでした。
養女だと知ったとき、私は全くショックは受けませんでした。
むしろお父さん、お母さんの子として育った私って、なんて幸せなんだろうと胸がいっぱいになったのを良く覚えています。

おかあさん、あの日はごめんなさい。
私を本当の子以上に大切に育ててくれた事、感謝しています。
私も自分の子供たちに、母が私に注いでくれたような愛情で育てたいと思います。

147: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:17:46 ID:KBK
あるベトナムの村に宣教師たちの運営する孤児院がありましたが、爆撃を受けてしまいました。
宣教師達と2人の子供達が即死し、その他の者も重傷を負いました。
重傷になったものたちの中でも8才の女の子は最も危ない状態でした。
無線で助けを求めると、しばらくしてアメリカ海軍の医者と看護婦が到着しました。
大量に出血したことにより危ない状態にあり、早く手当をしないと少女は命を落とすことになります。
輸血が必要でした。しかしどうやってそれを行うことができるというのでしょうか。
言葉が通じないため、ジェスチャーを使って子供達を集め、何がおきていたのかを説明し、
誰かが血液を提供することが必要であることを伝えようとしました。
沈黙の時間がしばらく続いた後、一本の細い腕が恐る恐るあがりました。
ヘングという名の少年でした。
急いで少年の準備をすると、苦しむ少女の隣に寝かせ、輸血ようの管をとりつけました。
少年は黙ったまま天井をじっと見つめていました。
しばらくすると、少年は自由になっている手で顔を覆うと、しゃくりあげるように泣いているのでした。
医師がどこか痛いのかと尋ねるとそうではないようでした。
しかし、しばらくするとまた、しゃくりあげ、今度は大粒の涙をこぼしていました。
医師は気になり、再び尋ねましたが、またもや彼は否定しました。
ときどきしゃくりあげていたのが、やがて静かに泣き出しました。
明らかに何かが間違っているようでした。
すると別の村からベトナム人の看護婦が現れました。
医師はその看護婦にヘングに何が起きたのか尋ねてくれるように頼みました。
すると少年の苦しそうな表情はゆるみ、しばらくすると彼の顔は再び平静を取り戻しました。
すると看護婦はアメリカ人の医師達に説明しました。
「彼はもう自分が死ぬのかと思っていたんです。あなた達が説明したことを理解しておらず、少女を助けるため、全ての
血液を提供しなければいけないと思ったようです。」
すると医師はベトナム人看護婦の助けを借り、少年にきいてみました。
「そうであればどうしてあなたは血液を提供しようと決心したんですか。」
すると少年は単純に応えました。

「あの子はぼくの友達なんです。」

151: もう空が明るいお。目が痛い 2015/08/30(日)05:22:27 ID:KBK
小学校の頃、クラスの友人が手から血を流していたのでティッシュを渡してあげた。
どうしたんだ?と聞いた所、ムカつく猫がいたので捕まえて水の入ったポリバケツに放り込んだ際に引っかかれた。との事。
彼は捕まえたその状況をさも誇らしげに武勇伝の如くクラスの仲間に話し、
仲間数人で猫がどうなったかを今から見に行こう。って事になった。
現場に着くと、前日迄の雨で半分ほど水の入った業務用のポリバケツの中で、
体の半分以上が水に浸かり、小刻みに震える弱々しい子猫が今にも死にそうにしてた。
友人がバケツを足で蹴り倒し取り出した猫に「こいつ爆竹の刑にしない?」
と笑いながら皆に言った瞬間、普段温厚な自分の中で何かがはじけ、気がつくと俺は落ちているポリバケツを拾い、思いっきりそいつの頭に投げつけてました。
更に、そばの用水路にそいつを蹴り落とす暴挙までやってしまった。
あっけにとられる他の友人達と、腰まで用水路に浸かり半泣きのそいつに
「お前、そこから上がったら爆竹の刑だから」と言い放つと、
弱って震える子猫を体操服でくるみ、自宅に連れ帰りました。
翌日、そいつが用水路に落ちた際に足を怪我してた事が判り、担任や親からしこたま絞り上げられ、
そいつの3歳上の兄貴からも帰り道で待ち伏せに合い殴られた。
クラスでは浮いてしまうし、猫一匹の為にさんざんな目にあってしまった。

あれから12年。
トムという名前を付けたその家族(猫)は、俺の布団の上でまるくなって息を引き取った。
猫で12年生きれば大往生だったと思う。
俺は固く冷たくなったトムに「おつかれさま」とタオルをかけてやると、
トムがいつも登っていた庭の桜の樹のそばに、丁重に埋めてあげました。
最初は人間不信で警戒しまくりだったトム。
最後は人間が大好きになってたトム。
そしてトムが大好きだった俺。
毎年春が近づくと近所の桜よりも一足早く、トムの桜が花を咲かせます。
そのたび幼き自分が勇気を出して行った行動を誇りに思う

152: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:23:14 ID:KBK
俺が働きもしないでダラダラと過ごしていた10年ほど前、ばあちゃんが入院した。
ばあちゃんとは、別居だったが、歩いて数分のところにじいちゃんと住んでいた。
でも、なんとなく、顔を出すのも照れくさく5年、いや10年以上も顔を見せていなかった。
病気の容体があまり良くない事は母から聞いていたのだが、お見舞いに行っても、ずっとご無沙汰
だったので、何を話していいのかも解らないし、お見舞いに行くのをズルズルと引き伸ばしていた。

それを母親に怒られ、強引に連れられ、母親と一緒に病室に見舞いに行った。確か10年ぶりぐらいに会った んだと思う。
「ああ、○○(俺の名前)大きくなったなあ」と、ばあちゃん。
俺は、何と言っていいのかもわからないし、近くに住んでいるのに、大きくなったなあって言われるのも なんだか違和感を感じていたし、何より20歳を越えた人間にそんな事を言うばあちゃんに当惑した。
見舞いに何を言って良いのか、長いブランクで何を話していいのかも解らなかった。たいした事も言えずに、その場の空気を苦痛に感じて、俺は、色々と世話を焼く母親を残して、5分ぐらいで病室を出てしまった。
帰ろうとする俺をばあちゃんが呼びとめて、
「○○、よく来てくれたなあ。こづかいやるから待ってろ」と言い、ガマ口を出した。
俺は、「いいってばあちゃん」と断ったが、半ば無理やりに俺にこづかいをくれた。

ばあちゃんは500円玉を俺に手渡した。ばあちゃんの体温でやたらと生暖かくなっていた。
俺は「昔、よくばあちゃんに、こんな生暖かい100円玉を貰ってアイスとか買いに行ったな」と思った。

一人、その500円玉を握り、暗くなった病院から出た。
「ばあちゃん、20歳過ぎた孫に500円のこずかいは無いよなあ…ばあちゃん、俺が何歳だか解ってたの かな?まぁ、だいぶ会ってなかったから、解らないのも無理無いか…でも500円…子供じゃないんだから…」
と思い、なんとなく、自分のサイフにその500円玉を入れられずに、ずっと握りながら帰った。
そんな事をずっと考えながら、暗い道を家まで帰った。知らない間に、ボロボロ泣いていた。

ばあちゃんは、退院すること無く亡くなった。
今でも無駄使いしそうになると。あの500円の生暖かさを思い出す。

153: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:24:19 ID:KBK
「OKINAWAに行かない?」

いきなり母が電話で聞いてきた。 当時、大学三年生で就活で大変な頃だった。
「忙しいから駄目」と言ったのだが母はなかなか諦めない。
「どうしても駄目?」「今大事な時期だから。就職決まったらね」
「そう・・・」母は残念そうに電話を切った。 急になんだろうと思ったが気にしないでおいた。

それから半年後に母が死んだ。癌だった。 医者からは余命半年と言われてたらしい。
医者や親戚には息子が今大事な時期で、心配するから連絡しないでくれと念を押していたらしい。
父母俺と三人家族で中学の頃、父が交通事故で死に、
パートをして大学まで行かせてくれた母。
OKINAWAに行きたいというのは今まで俺のためだけに生きてきた母の最初で最後のワガママだった。

叔母から母が病院で最後まで持っていた小学生の頃の自分の絵日記を渡された。
パラパラとめくると写真が挟んであるページがあった。
絵日記には

「今日はOKINAWAに遊びにきた。海がきれいで雲がきれいですごく楽しい。
ずっと遊んでいたら旅館に帰ってから全身がやけてむちゃくちゃ痛かった。」
・・・というような事が書いてあった。すっかり忘れていた記憶を思い出す事が出来た。

自分は大きくなったらお金を貯めて父母をOKINAWAに連れていってあげる。
というようなことをこの旅行の後、言ったと思う。
母はそれをずっと覚えていたのだ。
そして挟んである写真には自分を真ん中に砂浜での三人が楽しそうに映っていた。

自分は母が電話をしてきた時、どうして母の唯一のワガママを聞いてやれなかったのか。
もう恩返しする事が出来ない・・・ 涙がぶわっと溢れてきて止められなかった。

154: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:24:37 ID:KBK
オレは小さい頃、家の事情でばあちゃんに預けられていた。
当初、見知らぬ土地に来て間もなく当然友達もいない。
いつしかオレはノートに、自分が考えたすごろくを書くのに夢中になっていた。
それをばあちゃんに見せては
「ここでモンスターが出るんだよ」
「ここに止まったら三回休み~」
ばあちゃんはニコニコしながら、「ほうそうかい、そいつはすごいねぇ」と相づちを打ってくれる。
それが何故かすごく嬉しくて、何冊も何冊も書いていた。
やがてオレにも友達が出き、そんなこともせず友達と遊びまくってたころ
家の事情も解消され、自分の家に戻った。ばあちゃんは別れる時もニコニコしていて、
「おとうさん、おかあさんと一緒に暮らせるようになってよかったねぇ」と喜んでくれた。

先日、そのばあちゃんが死んだ。89歳の大往生だった。
遺品を整理していた母から、「あんたに」と一冊のノートをもらった。
開いてみると、そこにはばあちゃんが作ったすごろくが書かれてあった。
モンスターの絵らしき物が書かれていたり、何故かぬらりひょんとか
妖怪も混じっていたり。「ばあちゃん、よく作ったな」とちょっと苦笑していた。
最後のあがりのページを見た。「あがり」と達筆な字で書かれていた、その下に

「義弘(オレ)く〇に友達がいっぱいできますように」

人前で、親の前で号泣したのはあれが初めてでした。
ばあちゃん、死に目に会えなくてごめんよ。そしてありがとう。

155: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:25:06 ID:KBK
4歳になる娘が、字を教えてほしいといってきたので、
どうせすぐ飽きるだろうと思いつつも、毎晩教えていた。

ある日、娘の通っている保育園の先生から電話があった。

「○○ちゃんから、神様に手紙を届けてほしいって言われたんです」
こっそりと中を読んでみたら、
「いいこにするので、ぱぱをかえしてください。おねがいします」
と書いてあったそうだ。
旦那は去年、交通事故で他界した。
字を覚えたかったのは、神様に手紙を書くためだったんだ・・・
受話器を持ったまま、私も先生も泣いてしまった。

「もう少ししたら、パパ戻って来るんだよ~」
最近、娘が明るい声を出す意味がこれでやっとつながった。

娘の心と、写真にしか残っていない旦那を思って涙が止まらない。

156: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:25:44 ID:KBK
高校卒業してから4年間何にもしないで家で金を使うことしかしてなかったんだ。
ネトゲやったりとかゲーム買ったりとか。たまに親にも怒鳴り散らしたりもしたな。
そんな駄目な俺が2年くらい前かな。カーチャンスレ見てから必死でバイトと勉強してやっとCMとかやってる大手企業に就職できたんだ。本当にうれしかったよ。やっと親孝行ができると思ってね。

そんで去年かな。ある程度お金が溜まったから旅行に連れて行ってやろうと思って内緒で旅行を予約したんだ。
定番だけど温泉ね。出発の一ヶ月前に内緒で家に帰って発表したら
「ありがとう……本当にありがとう……」
と涙を流しながら喜んでくれたんだ。この為にお金を貯めたのかってくらい嬉しかった。
そんで、それを近所とかに自慢してやがるのww一人暮らししてるから近所のおばちゃんから帰省の時に言われたときは恥ずかしかったw

それで出発の3日前になって電話が掛かってきたんだよ。けど仕事中だから電話に出られなくてさその時は無視してたんだ。
んで後でかけ直したら親父が出てさ
「旅行は中止だ……」
って涙声で言うわけ。訳が分からなくて「何でだよ?風邪でも引いたの?」と聞き返したんだ。そしたら後で
「母さんが……ひき逃げされて……それで……」
頭が真っ白になってその後はよく覚えてないけど。気がついたら葬式の準備が進んでたんだ。

結局母さんは2日間意識不明だったんだけど容態が急変して死んじゃったんだ。
楽しみにしていた旅行が最悪の轢き逃げの所為で葬式になっちまったんだよ。
母さんの遺品を整理しながら自分を悔やんだね。なぜもっと早く親孝行出来なかったのかと。
遺品の中にあった日記帳にはさ
「○○が旅行を予約しててくれたみたい。やったー!」
とか
「旅行まで残り3日!!前日には○○も来るだろうから一杯ご馳走を作れるようにしとかなくちゃ!」
とかギッシリ書いてる訳。それ見てたら泣けてきてさ。濡らしたらもう読めなくなるのに。
涙で文字が滲んで読めなくなるのにボロボロと流れてきたんだ。
その後で家から出てって犯人捜したけど結局見つからず。たぶん捜査は殆ど終わってると思う。

だからこんな事が起こる前に恩返しできるやつは早く恩返ししろってこと
今は父さんに恩返ししてる。文章下手ですまん。
あと飲酒運転とかしてるやつは絶対にするなよ!絶対にだぞ!!

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157: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:26:26 ID:KBK
親父、覚えているか。
俺が小さい頃、この店の前で駄々をこねてお子様ランチを食べたいと言った事を。
親父は「我侭を言うな」と一喝し、俺の頭を殴ったな。
俺は泣きじゃくっていたが、それを背に親父は歩いていったな。
母さんに支えられながら歩いた俺は、親父のその背中を見て、畏怖したもんさ。
家に帰っても親父とは話ができず、家の中には気まずい空気が流れていたな。
その日から、何日経っただろうか。
母さんが「こっそりあの店に行きましょう」と言ってくれた。
俺は歓喜に震えながらも、後で親父にバレて怒られる事を危惧した。
だが、幼い俺はお子様ランチの誘惑には勝てず、母さんと二人、店に向かった。
その店に向かう道中からその店でお子様ランチが出るまで、俺はワクワクしっ放しだったさ。
そして、念願のお子様ランチが出てきた時には、もう俺の喜びは最高潮に達した。
そこからは、俺もあまり覚えてないな。
本当にもう、ただお子様ランチに心を奪われていたんだな。
気付いたら、既に皿の上には何も乗っていなかったさ。
そこで再び、俺の中には親父への畏怖が湧き上がってきた。
そこで俺は、恐る恐る母さんに対して口を開いた。「この事、父さんには内緒だよね……?」と。
しかし母さんは言う。「う~ん、それは無理かもね」
俺は愕然とした。
どうして?どうして?どうして? ――
何も信じられなくなろうとした刹那、母さんはこう続けた。
「父さんが『この金で連れて行ってやれ』って言った事だから」

親父、覚えているか。
俺は、今でもあの時の親父の背中を覚えてるよ。
けど、本当は ―― 本当は、親父と一緒に食いたかったんだぜ?
―― 今更言ってもしようがないし、親父は不器用だったから仕方ないかもしれないけど ――
だから、約束してくれ。
俺がそっちに行ったら、一緒に ――

158: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:27:00 ID:KBK
祖父のラブレター

脳梗塞で入退院を繰り返していた祖父
私たち家族は以前からの本人の希望通り、医師から余命があとわずかである
ことを知らされていたが、祖父には告知しないでいた。
「元気になって、またみんなで楽しく暮らそうね」
祖父を見舞った際の合い言葉のようでもあった。

祖父の1周忌が過ぎた頃、父が祖母に1通の手紙を手渡した。
祖母の心の落ち着きを待ってのことだった。
衰弱し、震える手で書かれた文字は書道で師範格であった祖父が書いたとは
思えない程弱々しかったが、文面から感じられる優しさ、慈しみが祖父のそれであった。

「おばあちゃん元気
 ともに過ごした時間は永いようで短い50年でしたね
 また機会があればいっしょに暮らしたいものです」

祖父が書いた最初で最後のラブレターである。

159: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:27:30 ID:KBK
大きなことを成し遂げるために、力を与えてほしいと、神に求めたのに、
謙虚を学ぶようにと、弱さを授かった。
より偉大なことができるようにと、健康を求めたのに、
より良きことができるようにと、病弱を与えられた。
幸せになろうとして、富を求めたのに、
賢明であるようにと、貧困を授かった。
世の人々の称賛を得ようとして、成功を求めたのに、
得意にならないようにと、失敗を授かった。
人生を楽しもうと、たくさんのものを求めたのに、
むしろ人生を味わうようにと、シンプルな生活を与えられた。
求めたものは一つとして与えられなかったが、願いは全て聞き届けられた。
神の意にそわぬ者であるにもかかわらず、全て叶えられた。
私はあらゆる人の中で、もっとも豊かに祝福されたのだ。

ニューヨークのとある壁に書かれた文

163: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:30:16 ID:gmq
>>159
いいね

162: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:30:12 ID:KBK
金星「あのさ、グランドクロス?お前ら参加する?」
木星「うぃ」
火星「参加」
地球「一応いまんとこ」
海王星「あー・・あれなぁ・・・俺公転周期合わねぇんだよなぁ・・」
水星「まじ?」
天王星「周期長ぇと大変なんだよなぁ・・・」
土星「だよな。そっちはどーよ?」
冥王星「え?いや、俺・・・無理なんだ・・」
海王星「なんで?周期大丈夫っしょ?」
冥王星「そうじゃなくて・・・」
水星「なになになに、まさか自転がらみ?あらあらあらきてんじゃねーこれ、うはw」
冥王星「はは・・そうじゃなくて俺やめるんだ」
木星「うん?」
冥王星「・・・惑星・・やめるんだ・・・」
一同「・・・・」

164: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:32:00 ID:KBK
君達は夜中の0時に正にこの世に生まれた。この世に生を受けた。
人の寿命を70歳くらいと考えたら、3年を一時間として、
朝6時、もしくは7時。君達はいまやっと朝を迎えたくらいでしかない。
大学をでて、社会にはいってちょっと経ってもまだまだ朝9時でしかないんだ。
社会ではまだまだ青くて到底使える人材でもない。

楽しみに満ちながら君たちの成長をみてきた君たちのお父さんやお母さんは
君たちが自分の時計で朝の2時や3時の頃、もう既に昼の2時や3時になっていたんだ。
今はどうだろう。もう夕方5時、いや6時を過ぎているかもしれない。
今から彼らはやり直しがきくだろうか。あと6時間も無いのだ。人生は6時間も無いのだ。
日は沈んでしまったのだ。

では君達はどうだろう。みんなまだまだ朝6時や7時じゃないか。
やり直しなんていくらでもきく。何回やり直したって、朝8時くらいでしかないじゃない。
一番悲しいことは、ここで自分の時計を無理やり止めてしまうことなんだ。
可能性はまだまだ秘められているのに、まだまだ一日はこれからなのに、
太陽の燦々とあたる昼に向けて準備をする時間でしかないのに、
自分の時計を止めてしまうことなんだ。

親は望んでいるだろうか?友人は望んでいるだろうか?
君たちの輝かしい未来を、本当に今から始まる君たちの未来を、
止めてしまうことを望んでいるだろうか?
君は望んでいるだろうか?

どうか、一番悲しい選択だけはしないで。
君たちへの最後の言葉です。頑張っておいで。

167: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:33:41 ID:KBK
学生時代、書類の手続きで1年半ぶりに実家に帰った時のこと。
本当は泊まる予定だったんだが、次の日に遊ぶ予定が入ってしまったので
結局日帰りにしてしまった。

母にサインやら捺印やらをしてもらい、帰ろうとして玄関で靴紐を結んで
いると、父が会社から帰ってきた。
口数が少なく、何かにつけて小言や私や母の愚痴を言う父親のことが苦手で、
一緒に居ると息苦しさを感じていたの私は、父が帰宅する前に帰って
しまいたいというのも、日帰り、ひいては通えない距離の学校を選んだの
理由の一つだった。
父が、「お前、泊まるんじゃなかったのか」と訊いたので、
「ちょっと忙しいから」とぶっきらぼうに答えると、手に持っていた
ドーナツの箱を私に差し出し、
「これやるから、電車の中で食え。道中長いだろうから」と言った。

駅に着くと、電車は行ったばかりのようで人気がなく、30分は
待たされるようだった。
小腹が減ったので、父からもらったドーナツの箱を開けた。
3個ずつ3種類入っていた。
家族3人でお茶するつもりだったんだなぁ。
でも、私が9個貰っても食べきれないよ。
箱の中を覗き込みながら苦笑した。
その直後。
あぁ、あの人は凄く不器用なだけなんだろうな―。
ふとそう思うと、涙がぼろぼろ出てきた。
様々な感情や思い出が泡のように浮かんでは消えるけど、どれもこれも
切なかったり苦かったりばっかりで。
手持ちのポケットティッシュが無くなっても、ハンカチが洗濯して干す前
みたいに濡れても涙は止まらなくて、
結局、一本あとの電車が来るまで駅のベンチでずっと泣き続けていた。

169: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:34:28 ID:KBK
小さな食堂(夫婦と息子さんで経営。バイトは私だけの合計4人)でバイトをしています。
基本的に調理は旦那さんと息子さんがやっているのですが、付け合せの人参のグラッセなど簡単なものは私が作っています。

昨日最後に来たお客さん(親子3人)が「この人参のグラッセを作ってる人はどなた?」と聞いてきました。
私は不味いと苦情を言われるんだと思い、震えながら「私です」とお客さんがいるテーブルに行きました。
お客さんは私をじろじろと見て「そう、あなたが作ってるの…」と呟きました。
私はもう怖くて怖くて、手をぎゅっと握ってその視線に耐えていました。
そうしたら奥さんの方が「うちの子、人参が大嫌いでどんな料理にしても絶対に食べないの」と言いました。
「それなのに、このお店のグラッセだけは美味しいっていつも嬉しそうに食べるのよ。
良かったらレシピを教えてくれないでしょうか」とメモ帳とペンを私に差し出してきました。
そういうことは店長に確認を取らないといけないので、冷静を装ってと厨房に行きましたが、実際は嬉しくてぼろぼろ泣いてた。
厨房に行くと店長は「話は聞いてた。レシピは教えてやっていいぞ」とレシピのコピーをしてくれていました。
そして「これも持っていけ」とグラッセとうちの一番の自慢のコロッケを渡してくれました。
お客さんにレシピと「これは気持ちです」と料理をテーブルに載せると、子供は満面の笑みで「ありがとう!」と、
夫婦も「このコロッケ凄く美味しくて大好きなんです」って美味しそうに食べてくれました。

このことが本当に嬉しくて嬉しくて、お客さんが帰った後、思わずおお泣きしてしまった。
店長が「料理屋は客に美味いと言われるのが最高の幸せだ。だから今のお前は最高に幸せなんだぞ」と
言って、私が泣き止むまでずっとお店にいてくれました。
お店もここにくるお客さんもみんな大好きだ。

170: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:35:06 ID:KBK
関係をせまると、あなたは紳士じゃないといわれる
関係をせまらないと、あなたは男じゃないといわれる

たびたび部屋を訪れると、もっと1人の時間がほしいといわれる
あまり部屋を訪れないと、二股かけているのかといわれる

はやりのカッコいい服を着ると、あなたって流行にふりまわされて軽薄といわれる
はやりのカッコいい服を着ないと、あなたってダサダサで恥ずかしいといわれる

話を聞きながら発言すると、黙って聞いてよといわれる
話を黙って聞いていると、なにか言ってよといわれる

待ち合わせに30分遅れていくと、30分も待たせるなんてひどいといわれる
自分が30分遅れると、30分ぐらいなによといわれる

やきもちをやくと、しばられるのはいやという
やきもちをやかないと、もう愛はないのかという

そうだねと賛成すると、自分の考えがない人ねといわれる
そうじゃないと反対すると、理解がない人ねといわれる

愛してるよと言うと、口の軽い人ねと言われる
大好きだよと言うと、それだけしか言えないのと言われる

墓に供え物をしても、君は無視する
僕は泣いているのに、君は安らかに眠っている

171: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:38:17 ID:KBK
4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/09/10(土) 12:32:44.58 ID:ea4OBRDy0

No.3
「命の重さ」

7円…急性の下痢による脱水症から子どもの命を守る経口補水塩1袋
13円…ポリオ経口ワクチン1回分
65円…1錠で4~5リットルの水を浄化できる浄化剤50錠
436円…使い捨ての注射器50本
545円…10リットルの水を運搬・貯水することができる折りたたみ式の貯水容器3つ
763円…ワクチン用保冷箱1個(熱に弱いワクチンを一定の温度に保った状態で運搬できるようにするための器材)
1199円…子どもを持つ親1人分の抗レトロウィルス剤、1カ月分
1199円…栄養不良の子どものために特別に開発された、高カロリービスケット20箱
1853円…使用済みの予防接種用注射器と注射針を安全に廃棄するための箱25個
1万0900円…はしかから子どもを守るための予防接種用ワクチン700回分
2万1800円…子ども1人分の抗レトロウィルス剤(液状)、1年分
10万9000円…子ども1人に対する抗レトロウィルス治療、5年分
65万4000円…緊急保健キット1キット
196万2000円…移動式浄水装置1基。1万5000人に安全な飲料水を提供することができる
9600万0000円…一人の先天的な心臓疾患を抱えた劣等DNAを持った子供が一人だけ救われる

174: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:40:13 ID:KBK
俺のじいちゃん(81)がボケた。ここ数日、食事を終えた後に真顔で何度も
「飯はまだか?」
って聞いてくる。
兄と両親、ばあちゃんは、ついにこの時が来たか……みたいな暗ーい顔してる。
だけど俺はどうも納得いかなかった。
近所の小さい子集めては、嬉しそうな顔してイタズラの方法を教えたりするヤンチャなじいちゃんで、
俺が小学生の頃なんか、日が暮れるまで庭で一緒に駆け回った元気なじいちゃんだった。
それを思うと無性に悲しくなってくる。
そして一昨日の昼過ぎ。
たった今そうめんを食べ終わったばかりのじいちゃんが
「飯はまだか?」
と言ってきた。だんだん家族も慣れてきていて、ばあちゃんが上手いこと誤魔化してた。
その日の夕食は、またそうめんだった。まあ夏にはよくある事だ。
配膳を済ませて食卓につき、縁側にいたじいちゃんを
「夕飯できたよー」
と呼んだ。
そんでじいちゃんがゆったり歩いてきて、食卓の上のそうめんを見て一言。

「なんじゃ、またそうめんか」

一同( ゜Д゜)ポカーン
直後、しまった、みたいな顔をするじいちゃん。
一家は沈黙。
ほんのちょっと経って、じいちゃんは豪快に笑いだした。
つられて俺とばあちゃんが笑った。
他のみんなは乾いた笑いだった。
じいちゃんのヤンチャジジイぶりは、むしろ磨きがかかっていたようです。
じいちゃん大好きだ。

178: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:45:45 ID:KBK
カーチャンに

「あんたはね、ネットだけの知識で頭でっかちになってるよ。
2ちゃんねるで取り入れた知識を偉そうに私やトーチャンに
話してるけど、働いたこともないあんたが言うと滑稽なんだよ。
ニュース番組見てても得意げに2ちゃんねるの受け売りを
披露してるけど、カーチャンとトーチャンだから笑って聞いてあげてたんだ。
頼むから外で働いて、自立して。
カーチャンもトーチャンももう先は長くないだろうし、アンタの
子育ては大学卒業の22歳で終わりなんだよ。
今30歳で、アンタはもうオッチャンなんだから、カーチャンとトーチャンに
すがったって、もう何もしてあげられないんだよ。
この八年間、ずっと部屋でパソコンして、にちゃんねる見て、
結局今のアンタはネットの情報だけで頭がいっぱいになってて、
何もいいことなんか無かったんじゃない?
友達と遊んだ?彼女は作れた?いないでしょ。誰も。
トーチャンとカーチャンしかいないでしょ。
だからそんなんじゃ、トーチャンとカーチャンいなくなったら
本当にアンタは独りぼっちになるんだよ。
外出て働いて、友達作って恋人作って、自分のために自立しなきゃ」

って言われてマジで涙出た・・・

179: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:51:18 ID:KBK
137 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/04(土) 18:00:16.00 ID:VWcAyxl30
お前等の好きな女の子が事故で脊椎損傷して首から下全く動かなくなって
何日も悩んだ末に泣きながら殺してくれと頼まれたらお前達うどんとそばどっちが好き?


138 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/10/04(土) 18:00:52.95 ID:rjQAJ0ti0
>>137
ずっとそばにいる
もうどんなことがあっても離れない

180: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:51:33 ID:TEe
>>179
これ好き

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181: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)05:54:11 ID:KBK
大学のとき、高校の同級生の女の子がALSを発症した。
そう親しくもない子だったし、ALSってどんな病気かも知らなくて軽い気持ちで大学の近くにあったその病院に、ひまつぶしで見舞いに行っていた。
ある日彼女が、病室で言った。
「あたし処女のまま死ぬのってイヤだなあ、ねえ今度夜這いにこない?」
その晩実際に夜這いに行った俺を迎えた彼女は、病院の寝巻姿ではあったが髪はちゃんと整えてあり、うっすら化粧をして、下着も当時流行り始めたTバックだった。
行為そのものは少々やっかいで、彼女は自分で脚を開くこともできなかった。
彼女はわざとらしい喘ぎ声をあげて、なんとか無事終ることができた。
そのあと俺に寝巻きを着せてもらいながら、彼女は嗚咽していた。
翌日俺の実家に彼女の母親から、「息子さんの優しいお見舞いに感謝します。」と電話があったという。俺はまさかと思ったが、しばらくして戦慄した。
彼女はもう、起き上がることすらできない。トイレだって行けないからたぶんおむつの世話になっているはずだ。
では誰が?
彼女の髪をとかし整えてやったのか
彼女に薄化粧を施してやったのか
彼女のおむつを脱がし、流行りの下着をはかせてやったのか
それがわかったとき、嗚咽とはいかないが不覚にも涙が出てきた。

あれから8年、
彼女はもはや目も動かせない状態で今も闘病を続けているという。..

182: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)06:00:06 ID:KBK
子供が生まれたら犬を飼いなさい。

子供が赤ん坊の時、子供の良き守り手となるでしょう。

子供が幼年期の時、子供の良き遊び相手となるでしょう。

子供が少年期の時、子供の良き理解者となるでしょう。

そして子供が青年になった時、

自らの死をもって子供に命の尊さを教えるでしょう。

190: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)07:47:20 ID:ncO
全部見てないけど朝から泣いた

俺が好きなのは障害を持ってる子を普通の子達と同じように接してた先生の話が良かったな

197: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)15:51:32 ID:KBK
>>190
小学生のとき、少し足し算、引き算の計算や、会話のテンポが少し遅いA君がいた。
でも、絵が上手な子だった。
彼は、よく空の絵を描いた。
抜けるような色遣いには、子供心に驚嘆した。

担任のN先生は算数の時間、解けないと分かっているのに答えをその子に聞く。
冷や汗をかきながら、指を使って、ええと・ええと・と答えを出そうとする姿を周りの子供は笑う。
N先生は答えが出るまで、しつこく何度も言わせた。
私はN先生が大嫌いだった。

クラスもいつしか代わり、私たちが小学6年生になる前、N先生は違う学校へ転任することになったので、
全校集会で先生のお別れ会をやることになった。
生徒代表でお別れの言葉を言う人が必要になった。
先生に一番世話をやかせたのだから、A君が言え、と言い出したお馬鹿さんがいた。
お別れ会で一人立たされて、どもる姿を期待したのだ。

私は、A君の言葉を忘れない。

「ぼくを、普通の子と一緒に勉強させてくれて、ありがとうございました」

A君の感謝の言葉は10分以上にも及ぶ。
水彩絵の具の色の使い方を教えてくれたこと。
放課後つきっきりでそろばんを勉強させてくれたこと。
その間、おしゃべりをする子供はいませんでした。
N先生がぶるぶる震えながら、嗚咽をくいしばる声が、体育館に響いただけでした。

199: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)16:04:36 ID:8Hm
やめろ
涙で明日が見えない

200: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)16:06:47 ID:KBK
我が家の猫は帰宅する父を玄関で出迎えるのが日課だった。
今日も夕方の定時になると玄関先にお座りしていた。
でもな・・・もう待ってても親父は帰ってこないんだよ。
スーツに毛が付くのもかまわずオマエを抱き上げてくれることはないんだよ。
会社帰りのお土産の焼き鳥ももう味わえないんだよ。
もう・・・やめろよ・・・たのむから・・・



親父は定年退職でずっと家にいるだろうが

202: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)16:14:50 ID:KBK
2年前旅行先での駐屯地祭で例によって変な団体が来て私はやーな気分。
その集団に向かって一人の女子高生とおぼしき少女が向かっていく。
少女「あんたら地元の人間か?」
団体「私達は全国から集まった市民団体で・・・云々」
少女「で、何しにきたんや?」
団体「憲法違反である自衛隊賛美につながる・・・云々」
少女「私は神戸の人間や。はるばる電車のって何しにここまで来たかわかるか?」
団体「・・・・?」
少女「地震で埋もれた家族を助けてくれたのはここの部隊の人や。
寒い中ご飯作ってくれて、風呂も沸かしてくれて
夜は夜で槍持ってパトロールしてくれたのもここの部隊の人や。
私は、その人たちにお礼を言いに来たんや。
あんたらにわかるか?
消防車が来ても通り過ぎるだけの絶望感が。
でもここの人らは歩いて来てくれはったんや・・・・」
最初、怒鳴り散らすように話し始めた少女は次第に涙声に変わっていった。
あまりにも印象的だったのではっきり覚えている。
団体は撤退。
彼女は門をくぐった時に守衛さんが彼女に社交辞令の軽い敬礼ではなく直立不動のまま敬礼していた。

203: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)16:19:34 ID:KBK
70 名前:水先案名無い人  sage 投稿日:04/07/22(木) 23:12 ID:m92r9Q0V
巨人に移籍後、怪我に泣かされるシーズンが続いた清原。
肉体面のみならず精神面の甘えも叩き直したいとの思いで、
ある年のオフ、弟分の広島(当時)金本と共にとある郊外の
寺にこもった。

この寺の修行メニューに、ガンガンに焚かれた火に極限まで
近づいて念仏を唱えるという荒行があった。
屈強で鳴らす清原・金本でさえ、2、3メートル近づくだけで
その熱気にやられ、とても念仏どころではない。

「こんなん無理やで。できるわけないワ」
「なんもこんな思いしてまで修行せんでもええやん」

そんな気持ちにもなり、2人は何をするでもなく火を眺めていた。
ふと見ると、1人の少年が火に向かって歩いている。
驚いた2人はその様子を見守っていたが、少年はまったく
動じることなく、焚き火からわずか1メートルのところまで
近づき、直立不動で念仏を唱えだした。

「たいしたガキやな…」

清原はただ呆然とその姿を眺めるだけだった。


そのあと、清原は寺の住職に例の少年について尋ねた。

「ああ、あの子ですか。あの子は、何百万人に1人という難病に
 冒されていて、余命半年もないと医者に言われたんです。
 日本中の医者に診てもらったんですが、どの医者もさじを投げ
 ました。しかし、彼は生きる希望を捨てなかった。母親とともに
 この寺を訪れ、あらゆる可能性を求めて修行しているんです。
 あの火の熱さなど、彼がこれまで耐えてきた苦しみに比べれば
 生易しいものです」

それを聞いた清原は、次の日から少年の横で念仏を唱えていた。
少年とはほとんど口を聞くこともなかったが、少年の思いは
隣にいるだけで痛いくらいに伝わってきた。

そして開幕してまもなく、その少年は息を引き取った。
清原は葬儀には出られなかったが、その代わりに自分のバットを
彼の棺に入れてもらった。

彼の死に際し、清原は一言だけコメントを残した。

「あの少年には勇気をもらいました。ありがとう」

207: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)16:25:07 ID:KBK
65 名前:既にその名前は使われています 投稿日:04/10/17 11:40:21 4j/BAUWZ
昔、エ〇本を拾いに行った竹やぶ。
小学生のボクらは、まるで宝探しでもするかのような、
ワクワクした気持ちで探検しにいったものだった。

それから10年────。
今では私がエ〇本を捨てる側。
せっかく発見したエ〇本が、雨でぬれていたときの悲しさ──
もう、そんな悲劇を繰り返させない。
一冊一冊丁寧にビニール袋に包んで、
いつも拾いに来た廃屋の屋根の下にそっと置いている。

永遠に続く、ボクらだけの輪廻。
少年時代の思い出が、ここにある。

209: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)16:26:47 ID:KBK
55 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10/09(土) 23:22:09.37 ID:2TGXsTh40
亡くなった「ミスター競馬」こと野平祐二さんほどやさしい人はいなかった。まったく分けへだてがなかった。
じつは、野平さんのことで、忘れられない思い出がある。昭和61年だから、もう15年も前のことである。
百貨店に勤める友人に頼まれて、千葉県船橋市にある百貨店で、トークショーをすることになった。
トークショーといっても、百貨店の広報部の女性と僕とで、競馬について何かしゃべるという、地味なうえにかなりアバウトな企画だった。
これにまったく人が集まらなかったのである。
無料とはいえ、若造の訳の分からないトークショーに足を運ぶほど奇特な人はいないところにもってきて、8月のものすごく暑い、平日の午後1時である。
たいがいの人は会社にいるか家にいる時間だ。
おまけに、トークショーをやった場所というのが、百貨店の5階にある紳士服売り場の片隅。百貨店のなかでも、ただでさえお客さんの少ない場所なのである。
スタートの午後1時。
30ほどの椅子を並べた会場に、お客さんは誰ひとりいなかった。
とりあえず始めましょう、始めればそのうち声を聞いてお客さんも集まってきますからということになって始めたのだが、5分ほどしてご婦人がひとりお座りになった。
どこかでお見かけしたお顔だが、さてどなたかと、しゃべりながら考えているうちに、男性がひとり会場に入ってきて、そのご婦人の隣に座った。
それでハッと分かった。なんと、野平祐二ご夫妻だったのだ。



あとで伺ったところによると、百貨店へ旅行のチケットを買いに来て、たまたま会場前を通りかかったとのこと。
それからの1時間、野平さんご夫妻は、こちらの話を聞いてくださったのである。お客さんは、ほかには最後までゼロだった。
何を話したのか、ほとんど記憶にない。本職が前に座っているのだから、相当にアガッたのだと思う。
それを見て、野平さんが助け舟を出してくださった。その場面だけはよく覚えている。
こちらに一瞬の間があったとき、タイミングよく「質問してもいいですか?」と手を挙げてくださったのだ。
「どんなことでしょう」
「競馬で儲けるにはどうしたらいいでしょうか」(笑)
「僕の予想を買わないことです」(笑)
「そんなに外れるんですか」
「ものすごく損します」
「それでも競馬をやるのはなぜですか」
「競馬のように、なくても誰も困らないものが、存在できる世の中が平和だと思うからです」
「……」
「先生。この答えでいいでしょうか」
「満点だと思います」
先生、あのお言葉一生忘れません。ご冥福を祈ります 。

211: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)16:27:48 ID:KBK
家庭板の父子家庭スレより

212 名前:名無しさん@HOME 投稿日:2003/06/17(火) 00:02
息子が1日遅れの父の日プレゼントを保育園から持って帰ってきた。
涙が出た。


213 名前:名無しさん@HOME 投稿日:2003/06/17(火) 00:31
俺も貰った。
わかってても凄く嬉しい。いつもは「タバコやめて」って言ってるのに
三人の子が父の日のプレゼントだとタバコ一個づつ買って置いてくれてあった。
三つともバラバラの銘柄で俺のすわないやつ(w
不思議だったけど近所のタバコの自販機見て理由がわかったよ。
自分の背が届く範囲でしか選べなかったんだ・・・・・・ありがとう

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212: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)16:28:54 ID:KBK
ハゲ・ヅラ板より【拝啓】自分の髪に手紙を書こう【お元気ですか】

マイ・ヘアーよお元気ですか。
ミノキ・フィナで命吹き返してくれた君たちだったが・・・
私が病気になり入院や治療で半年くらいミノキ・フィナ
使用できなくなってしまったこと、謝りたいんだ。
本当にすまなかったね。。。

今思えば・・・・・

死 ん で も い い か ら ! ミ ノ キ ・ フ ィ ナ
を 使 い 続 け れ ば よ か っ た 。

そうすれば、君たちは今でも元気に私の頭で優しくそよ風
に揺れていてくれたことだろう。
病気も完治し、ミノキ・フィナを再度始めたが、さっぱり戻っ
てきてくれないね。被爆でもしたんじゃないのか!?って
くらいのペースで抜けていく君たちを見ていると、精神が
崩壊しそうで平常心を保のに必死だよ。
巷では「リセット効果」などの言葉も聞くが、私の頭には
関係ないようだね、あははは・・・ちくしょう。

最近は桜の花びらが散っていく風景を見ていると涙が
止めどなく流れるんだ。
どうしてだろうね?
こんなにも美しいのに・・・・・

僕もそろそろ美しく散っていく時期なのかな?
近いうちに、君たちに会えるような気がするよ。
この青い空の上で・・・

217: 名無しさん@おーぷん 2015/08/30(日)17:39:19 ID:fz9
お疲れ

引用元: ・http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1440870503/